「お前……マジで?」
隊長が自分のキャラを忘れるほど素になったのも無理はない。私が逆の立場だったら腰を抜かしていたところだ。
一瞬の油断が命取りになることは、戦場で嫌というほど体に叩き込まれてきたはずなのに、気の緩みというのは恐ろしい。いつもは必ずトイレの個室で着替えていた。間違っても鍵のない部屋で服を脱いだことはない。稽古後の汗だくの着物も、着崩すことなく耐えていた。なのに、なぜよりによって今日、自分の部屋で着替えたりしたのだろう。これまで完璧に隠し通せていた自信からだろうか。まさか着物を脱いだ一瞬の隙をついて沖田隊長が入ってくるなんて。
私は緩んだサラシを巻き直そうと姿見の前に立っていた。着物を全て脱ぎ、医務室からくすねてきた新しい包帯を広げる。
うっすらと筋の入った腹筋に、切り傷だらけの肌。とても女の体じゃない。それもその筈だ。だって私は、男としてこの真選組に入隊したのだから。
「ミョウジお前、胸」
「お、お、沖田隊長!オレ胸筋には自信あるんですよね!」
「いやいやいや」
「ちょっと鍛えすぎちゃったかな。参った参った」
「往生際悪ぃぞ」
私の最後の足掻きを呆れたように一蹴すると、沖田隊長は静かに戸を閉めた。
真選組では副長に次いで恐れられてる人だ。一体どんな制裁を加えられるのか、想像しただけでも恐ろしい。無意識に一歩、二歩と壁際に後ずさった。
「で?このこと近藤さんは知ってんのか」
「…いいえ」
「入隊試験から今まで上手く誤魔化してたってわけかィ」
「……」
「まぁ、ここまでやれたんなら逆にすげぇけど」
隊長の視線が痛いくらいに突き刺さる。一体私はどうなってしまうのだろう。局中法度に背いた罪で切腹か、まさかこの場で粛清か…。縮こまる私に、隊長の手が伸びてきた。
「ひっ…!」
「………」
「………」
「D?」
胸を揉んでいる。
もう一度よく見てみる。どう考えても私の勘違いじゃない。沖田隊長は私の胸を揉んでいた。
「……あの、隊長」
「触った感じCかDかなって思うんだけど」
「あの」
「よくこんなの隠してたな」
「いい加減にしてください」
「わりー。つい」
つい、じゃない。隊長は悪びれる様子もなくへらへらと笑って手を離した。隊長のせいで立場を忘れそうになったが、私は今とんでもない危機に瀕している。目の前の男の気分ひとつでこれで積み上げてきた物が一瞬にして崩れてしまうかもしれないのだ。最も、一人に見つかった時点で崩れているとも言えるのだが。
「…お願いです。局長や副長には内緒にしてください」
「うーん。どうしようかねぇ」
「真選組だけが私の居場所なんです。だから、どうか…」
「……」
「お願いします。隊長」
畳に擦り付けるように深々と頭を下げた。今の私に真選組を抜けることなんて考えられない。近藤さんや仲間達とまだ一緒にいたい。世に蔓延る悪を、自分の手で倒したい。
隊長は私の頭を掴み上を向かせた。にんまりと、隊長の唇が弧を描く。
「人に頼みごとするときは、それなりの対価を払わなきゃいけねぇってもんでさァ。わかるな?」
「…何をすれば?」
何を要求されても受け入れようと思った。それが私の居場所を守る方法ならば。
「ミョウジ、俺と付き合え」
「……は?」
沖田隊長は私の目を見てそう言った。私は口を開けたまま動けなかった。
「なにも夜の相手しろって言ってんじゃねぇ。ただ公園散歩したり、茶飲んだり、それだけだ」
「はぁ…」
「それで俺は秘密を守ってやる。悪い話じゃないだろ」
「いや、私はいいですけど…隊長は何の得があるんですか」
「男として生きてきたお前に、女の喜びを一から教えてやるんでさァ」
「お、女の喜び…」
とても役人とは思えない顔つきで隊長は笑った。まさに凶悪犯罪でも起こしてきたような人相である。
「男になんか戻りたくないって泣き喚くまで離してやらねぇから、覚悟しとけ」
一方的にそこまで言うと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。私に拒否権はなかった。
段々とわかってきたのだが、この沖田総悟という男、若いながらなかなか捻じ曲がったフェチシズムを持っているようで、それに私が振り回されるのはまた別のお話。
甘味屋に誘うメールが隊長からきたのは、その日の巡回中のことだった。
男装主人公と沖田
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