「あ、続けてくれて構わないよ」
忘れ物を取りに来ただけだから。
真紅の大きな瞳を瞬かせて、赤司は言った。
私は動けなかった。
玲央はこの世の終わりみたいな顔をして、ずり落ちたボクサーパンツを引き上げた。
「征ちゃん。違うの、これは」
「ははは、なんだい玲央。そんなに動揺して」
「だ、だって…」
「僕だってそこまで野暮じゃないよ。そもそも部室での性行為を禁止する校則はないからね」
こちらには目もくれず、達筆で“赤司”と書かれたロッカーからフェイスタオルを取り出し笑顔を見せた。そのままショーウィンドウに並べてもおかしくないほど几帳面に畳まれたタオルは、エナメルバッグに無造作に押し込まれる。
「出るとき施錠と後始末だけお願いするよ」
じゃあまた明日ね。玲央と、ナマエ。
事の重大さを一蹴するような穏やかな赤司くんの態度は、余計に事態の深刻さを浮き彫りにした。さっきまでじんじんと熟れていた身体の中心に代わり、こめかみの辺りが痛くなってきた。そして大量の冷や汗。
部室の扉が閉まると、何事もなかったかのように時間が動き出した。遠くから聞こえる野球部の掛け声がいやにクリアに耳に入ってくる。
「…帰りましょうか」
「うち来る?」
「今日はやめとくわ。続きできる気がしないもの」
「そうだね」
ブラウスのボタンをひとつひとつ留めながら、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。玲央がもしもこの先勃たなくなったら、治療費は赤司くんに請求しようと思う。
「大丈夫、寒くない?」
「うん。平気」
火照った身体を誤魔化すように、曖昧に笑ってスカートのホックを留めた。
ちらりと玲央の顔を盗み見る。なんでもないようなフリをしても、やっぱりまだ気まずそうだ。バスケ部での彼の立ち位置からして、部室で彼女といちゃついてたなんて言語道断だったのだと思う。しかも見つかったのがよりにもよってあの赤司くんだなんて。
恥ずかしいのはもちろん私も同じだけれど、いつも飄々としている彼だけに、照れてる姿さえ可愛らしく思えた。心臓の真ん中らへんを掴まれた感じ。どうしよう、変な気が起きそうで困る。
「れお」
「ちょ、なに」
後ろからお腹に手を回した。カーディガン越しに感じる硬い筋肉と、普段より熱く感じる体温がじんわりと伝わる。背中越しに聞こえる心臓の音が私と同じくらい速くて、少し嬉しい。
「ううん、なんでもない。帰ろっか」
勝手に満足して、私はベンチから立ち上がった。スカートの皺を直して玲央を振り返る。
「……」
「玲央?」
「やっぱりアンタんち行っていい?」
「え?いいけど…」
「変なことするから、復活してきたじゃないの」
何が、とは敢えて聞かなかったけど。
少し乱暴に握られた手がびっくりするくらい熱かったのは覚えてる。
131016