冬用の厚い布団が丸く膨らんでいる。熱が逃げないように最低限捲って隙間に体を滑り込ませる。少しひんやりしたシーツの先に、ふにふにとした肉がつま先に触れる。彼女は枕に頭を並べて、こちらを上目遣いで見つめた。いつもそうしているように僕は枕に頭を載せ腕を片方投げ出した。枕を僕に譲った彼女は、僕の腕を枕にする。柔らかな頬が腕の筋肉に潰され形を歪める。

「もう少し、腕、上に…そう。いい」

小さく身じろぎして微調整を終えると満足そうに瞼を閉じた。

「青江ひゃっこい」
「湯たんぽには向かないだろうね」
「そうだね」

寒がりのくせになぜか嬉しそうだった。

2人で寝るようになってしばらく経つ。初めて同じ布団に入ったのは初期刀が折れた日の夜だった。仲間を無くし心神喪失した主は、目を離したら死んでしまうんじゃないか、というほどの危うさがあった。主が眠くなるまで縁側で話を聞いていた。涙を零せば懐紙を差し出し、嗚咽を漏らせば背中をさすってやった。細かいいきさつは忘れてしまったが、気づいたらそのまま同じ布団で朝を迎えていた。明け方やっと寝息を立て始めた主の顔を見ながら、一人はらはらとしていたのを覚えている。
その日をきっかけに何故か寝るとき主の布団に入ることが習慣になった。最初のうちこそ目の前で上下するなだらかな胸やすべすべのふくらはぎに熱くなる身体を鎮めるのに悪戦苦闘していたけど、1ヶ月もすると脳が慣れてきたのか、余計な反応は示さなくなった。しかしふいに訪れる、どうにも下っ腹がむずむずして仕方のない日というのがある。そういうときは元いた脇差部屋に戻って何食わぬ顔で布団を並べて寝た。審神者との添い寝は決まって毎日というわけでなく、どちらかが体調を崩せば自然と別々に寝たし、部屋に行かないからといって次の日何か言われたりしたことはなかった。
同室の連中は僕が審神者の部屋で寝ているらしいことに気づいて色めき立ったが、僕たちから一向に「そういう空気」を感じ取ることができなくて不思議そうにしていた。てきとうにかわしていたらじきに冷やかされることもなくなった。

規則的な寝息が耳に心地よい。月明かりが睫毛を照らして頬に影を落としている。顔にかかった横髪を耳にかけてやると、長い睫毛がより綺麗に見えた。
どうせ起きないだろう。ちょっとした出来心だった。だって今まで一度だって夜中に目を覚ましたことはなかったから。薄い色をした唇に親指を這わせた。ふっくらとしたそれは程よい弾力でふにりと反発した。
…美味しそう。
もう少し気を緩めていたら声に出ていたかもしれない。寸でのところで飲み込んで、かぶりを振る。何を考えているんだ僕は。

「………」

そのとき、ぱちりと、視線が合ってしまった。彼女が目を開けていた。

「あ、るじ」

馬鹿だなぁ。慣れないことするから。本当に不意を突かれたときって何も言葉が出てこないんだ。言い訳のひとつやふたつ考えておくべきだったと後悔と共に軽率な己を恥じる。

「…あおえ」

てっきり軽蔑されると思っていた。でも彼女の目からはそういった感情は読み取れなかった。

「いいよ。」
「…え」
「して」

してって。何を。

脳みそはぐるぐると猛スピードで回転しているのに何の情報も処理できていない。
本能なのか、しかし身体は正直だった。慌てて引っ込めた手を再び白い頬に伸ばす。情けないことに少し震えていたことは気づかれてしまっただろうか。
初めてしたキスは彼女のリップクリームの味がした。

「こういうこと興味ないかと思ってた」

喋るのに合わせて吐息が唇にかかった。甘い感触に頭がくらくらする。

「…最初から、君にしか興味なかったよ」

頬を触れていた手を滑らせて耳たぶをそっと撫でる。形を確かめるように縁のほうを指先でなぞると、至近距離で彼女が息を詰めるのが分かった。

「いいよ。青江がやりたかったこと、全部して」

体温の低いつま先が僕のすねをくすぐった。どうにもたまらなくなって、もう一度唇に噛み付いた。


170113
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