「ねぇねぇ何してるの」
「見てわかりませんか。本読んでるんですけど」

ゆっくりと読書を楽しんでいたら、急に背中に重みを感じた。さっきまで大人しくしていたナマエが僕の背中に寄り掛かってきたのだった。
きっと読書の邪魔をしたいんだろうけど、彼女が体重を預けたところでさして邪魔になんてならない。
というか今は曲がりなりにもお家デートの最中なわけで。彼女を邪魔者扱いするのもおかしい話か。

諦めずに背中に頭を押し付けてくる彼女に少なからず愛しさみたいなものは感じながらも、僕の目はまだ細かい活字を追い続ける。

「あのね、昨日ね、新しいグロス買ったの」
「…そう」

僕が振り向かないことがわかるとナマエが背中にくっついたまま話し始めた。
こういうときにずっと「だからどうしたんですか」と返していたら、何度か喧嘩になって彼女から注意を受けたので、どんな興味のそそらない話題にも相槌程度は打つようにしている。そっけなくも聞こえる返答だが、これでも僕なりに妥協しているのだ。

「ねぇ見てよ」

後ろから回ってきた細い腕が離れる気配はない。新しい化粧品を僕に見せて何がしたいんだ、とは勿論口には出さないけど。
横目でちらりと見ると、その唇はたしかに薄いピンク色に色付いている。
僕が視線を寄越したのがわかるとナマエはわざとらしく唇を突き出してきて、あぁ、なんだ。別にグロスを見せたかったわけじゃないのね。と、わかった。



「…あなたは誘い方というものをもう少し学んだほうがいいんじゃないですか」

あまりに唐突だし。不自然だし。
溜め息混じりに読んでいた本を脇に置いて、向き合うように座り直した。

「でも乗ってくれるんだ」
「だって失礼じゃないですか」


女の子のほうから誘っているっていうのに、ね。


「紳士ですね」
「どうでしょう」

お望み通り、ピンクに色付いた唇に口づける。甘い美味しそうな匂いがするからちょっと舐めてみたけど、全く甘くなかった。じゃあこの匂いって何のためについてるんだろう。

さらに薄目を開けてナマエの顔を盗み見れば、これでもかっていうほど幸せそうな顔をしてるもんだからヘンな気分になってきた。
なんだか、お腹の下の方がうずうずする。
おかしいな、別にそんな気なんて全然なかったのに。
あのつたない誘いかたも実は計算の内だったりして。だとしたら恐い恐い。
ブラウスの裾から手を入れて腰を直接撫でてみたらナマエの細い肩が僅かに震えた。

「あれ、ちゅーだけでいいよ?」

唇を離すと、背中に回された僕の手をちらりと見遣ってナマエが笑う。

「…うるさい」

ここまでが彼女の策略なのかどうなのかわからないけど、にやにや笑うナマエは可愛いげない子だと思う。

「誰のせいですか」

いつだってそうだ。気付いたら僕のほうが夢中にさせられてる。
恋愛は惚れたもの負けとはよく言ったもので、そういえば二人が付き合うときもそうだった…と、回想したところで、痺れを切らしたナマエが僕の唇の端をぺろっと舐めた。その仕草にまたやられてしまう自分が悔しくて、今度はさっきよりも乱暴に口づけた。
薄ピンクから漂う甘い匂いはべたべた絡み付いてきて、頭の芯まで溶けていくような気がした。


130309
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