「私を好きになってはくれないかな」
長谷部は一瞬驚いたように私の顔を伺い、再び畳に目を落とした。
「突然何かと思えば」
戦いから帰ったばかりの彼を呼びつけると、着替えもせず律儀に飛んできた。呼べば必ず来るけど、自分の意思で来たことは一度もなかった。
「主命だよ」
「そうですか…。ならば、従わなければなりませんね」
「…そこにお前の気持ちはないの」
ことさら悲しそうな声色を作った。長谷部は面倒そうに天井を睨んだが、姿勢を正して私の側に寄った。スラックスに着いた泥が畳で擦れて、少し落ちた。
「主が何を期待しているのか知りませんが、私たちは刀とその主。それ以上でも以下でもありません」
「うん。…知ってる」
「……」
「長谷部」
「はい」
「ぎゅってして」
「……はい」
無遠慮に伸ばされた二つの腕に、体が絡め取られる。
なんだかんだ言って私の癇癪に付き合ってくれるのは、数いる刀剣達の中でも長谷部だった。
「長谷部といると、私は苦しいよ」
「……なら、近侍を外せばいいでしょう」
「それでいいの?」
「貴女が望むのなら、従うまでです」
伏せた睫毛が影を作っている。頬に手を這わせると、目だけ動かしてこちらを見た。
硬そうな唇にそっと自分の唇を合わせる。悲しいほどに冷たく、そして無機質な味がした。
「満足ですか」
唇の端を歪めて、呆れとも嘲笑とも取れる複雑な顔をした。長谷部は私といるとよくこの表情をする。
「全然」
私の答えに小さな溜め息を漏らすと、黒く汚れた手袋を外した。私の髪を撫でる手は涙が出るほど優しい。
「…難儀ですね。人というのは」
そんなの、自分が一番わかってる。
150426