昔から静雄の家にはよく行っていた。当時つるんでいた仲間内で唯一ひとり暮らしだったこともあり、よく溜まり場になっていたのだ。その流れが高校を卒業した後も続いていて、今でもこうしてたまに集まっていた。毎回人数は決まっていなくて、声をかけて来れる人は来るというスタイルだっため、顔ぶれはまちまちだった。

「飲むか?」
「ん、もういい」

でも、二人きりになるのは初めてだった。次の日バイトだ講義だで一人また一人と帰っていき、最後に残ったのが私だった。

「ちょっと飲みすぎたかも」
「そうか」

大人数でいるときには感じなかった空気感とか、嗅ぎ慣れてるはずの煙草のにおいも、なんだかむず痒い。なんでみんなと一緒に帰らなかったのかと、じわじわ後悔が押し寄せてきた。

「おい、水」
「え」
「飲んどけよ」
「…ありがと」
「おー」

いつものように会話が続かない。さっきまで沈黙をごまかしてくれていたテレビは、静雄の手で消されてしまった。

「あのさ」

静寂に耐えられず切り出したけど、いざとなると言葉が出てこなかった。普段私たちって何話してたっけ。頭はぐるぐる回るのに上手く言葉が出てこない。

「なんだよ」
「…えーと、なんだろう」
「んだそれ」

じっと見つめられて、私も目を逸らせばいいのに、なぜか逸らせない。捕食される寸前の獲物はこんな気持ちなのだろうか。ていうか、顔、近い。

「…逃げねぇの」

気づけば、静雄の顔はくっついてしまいそうなほど近づいていて、大きな体は蛍光灯の光を遮って私の目の前を暗くした。
そしていつの間にか煙草を手放していた右手が私の肩に触れた。

「し、ず」

そのまま顔が近づいてきて、私はキスされた。
今までで一番近くで嗅いだ煙草のにおいはつんと鼻について、苦くて、なんだか泣きたくなった。
目を開いた静雄と目が合う。私の肩を掴んでいた手は所在なげにぷらぷらすると引っ込んでいき、洗いっぱなしの金髪をがしがし掻いた。

「…風呂、沸いてる」
「え?」

一瞬何を言ったのかわからなかった。
が、静雄の頬が赤いのはきっとお酒のせいではない。

私も子供じゃないので、すぐにその意味は理解した。しかし意味を理解するのと、それを頭で処理するのは別問題だ。さっきのキスだけでパンクしそうなのだ。次から次へと問題を増やさないでほしい。
私が返事をしないのをみて、静雄はきまり悪そうにまた頭を掻き、少し私から離れた。

「…悪い。嫌なら帰っていい。送るわ」


昔から突拍子もないことをやる奴だとは思っていた。しかしそれは自分と関係ない所で騒いでいるから面白いのであって、いざ自分が当事者となるととんでもない。学校の器物や校舎を壊しながら暴れていた静雄をサーカスでも見るような目で眺めていた高校時代を思い出す。
形は違えど、今まさに私は静雄が起こした台風の目の中にいた。

「おい、上着着ろよ。駅まで送って、」
「一緒に入ろうか」
「あ?」

それなら私も台風を起こしてしまえばいい。缶チューハイで陽気になっていた私はそう考えた。

「一緒に入ろう、静雄」
「……」
「……」
「………は?」

大っきいほうの台風は、火を点けようとした新しいタバコを口から落として、わかりやすく固まった。

「すっごい間抜けな顔」

きっと一番とんでもないのは私のほうだ。




131004
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