「何でもやる言うたやないの」

御堂筋は口の端を歪めてにやにや笑った。すごく楽しそうだ。例えるなら、大事なレースでライバル校が挑発に乗ってきたときくらいに。

「…や、やるよ。やるってば」

ベットに腰掛ける御堂筋の膝の間に私はおずおずとしゃがみ込んだ。


発端は小さな言い合いだった。もちろん口論で御堂筋に勝てるはずもなく、私が完全に悪者になってしまった。こうなると面倒なので大概は私が謝って終わるのだが、今回はそうはうまくいかなかった。

「もういい加減仲直りしてよ、何でも言うこと聞くから」






この一言が引き金となり、今にいたる。

「下手っぴやなぁ。これじゃあ出るもんも出ぇへんよ」

頭上から降ってくるのは機嫌のよさそうな御堂筋の声。加えて珍しく私の頭を撫で回すオプションまで付いてるもんだから、なんだかおかしな気分になってくる。不満気な顔を作ったまま、手はせっせとソレを扱く。身体は正直とはよく言ったものだ。

「文句言わないでよ。手でするの、あんまり得意じゃないんだもん」

たっぷり唾液を含ませて滑りをよくしながら手を上下させる。だんだんと感触が変わっていくのを直に感じて、達成感のようなものが湧き上がってくる。邪魔な髪を耳に掛け再び手を動かそうとすると、そこで御堂筋が急に静かになったことに気づいた。



恐る恐る、顔を上げる。



「得意じゃないって…?」
「えっと…」
「ナマエちゃん、やったことあるんか」

そう、御堂筋のをこうして触るのは初めてのことだった。

「で、でも何回かだけだよ」

過去に、何回かだけ。回数にしたらほんの数回。
私を見下ろす大きな目が、何度も瞬きを繰り返す。滅多にないが、彼が動揺してるときにこうなることを私は知っている。まずいことを言ったかもしれない。気づいたときには遅かった。

「ほ、他の男のモン扱いた手で触るとか、ありえへん」
「ちょ、ちょっと」
「気っ色悪!シャワー浴びてくる」

私の体をどんと押すと、御堂筋はすごい勢いで立ち上がった。続いてお風呂場の扉の閉まる音が空っぽのワンルームにこだまする。
私は尻もちをついたままその場で呆然として動けなかった。もしかして私は御堂筋の純情を穢してしまったのかもしれない。中途半端に熱に浮かされた身体が疼いているけど、今はそれどころじゃない。

「ま、待って御堂筋」

廊下からそっとお風呂場に耳を澄ますとシャワーの音が聞こえる。小さく深呼吸して、そっと脱衣所に滑り込んだ。

「御堂筋くーん」
「……」
「ご、ごめんね。無神経だったよね」

中から返事はない。シャワーで聞こえないのかと思い、もう一度、と肺に空気を溜めたところで、それを制すように声が返ってきた。

「中古品は黙っとき」
「は…?」

その言葉はほんとに扉一枚隔ててるのかと疑うほどはっきりと、そして突き刺さるように私の耳に飛び込んできた。
正直、さっき私がしたことを差し引いてもおつりがくるがくらいの暴言だと思う。というかそもそも、私そんなに悪いことした?!

「こっちが下手に出ればいい気になって…」

我慢の限界だ。色んな意味で。
今まで私は幾度となく御堂筋の我儘に付き合ってきた。クリスマスに部活が入っても健気に我慢したし、突然練習が休みになったと呼び出されればお弁当を作って公園まで走った。
ここまで尽くしてきて、何故私は彼のちっぽけなプライドのためにここまで言われなくてはならないんだ。

私は着ている服を乱暴に脱ぐと、浴室の扉を全開にした。立ち込める湯気が顔を濡らす。ぼやける視界の中、御堂筋のまん丸な目がきょろきょろと上から下へ動いた。

「な、に入ってきて…」
「続き」
「はぁ?」
「続き、やるよ」

両肩を掴んでタイルの壁に押し付けると、御堂筋は大きな体を折り曲げて小さくなった。シャワーヘッドを抱えて怯える彼は、さながら濡れたハムスターのようだ。
すっかり元気を無くしたソレに眼を遣る。視線に気づいた御堂筋の顔が青ざめたのがわかった。

「中古品甘くみないで」
「ぴ、ぴぎ…」

さぁ、長い夜の始まりだ。



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テーマ「人外ファンタジー」
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