人は信じられない光景を目の当たりにすると、何とかその整合性を保とうと突飛もない理論を持ち出したりするもので、まさに今この瞬間も、俺は夢でも見てるんじゃないかとか、幻覚が見えてるんじゃないかとか、どうにかして現実を受け入れることを後回しにしていた。
「っあ、…はぁ」
「は、ナマエ…、きもちい?」
「ん、いい…」
机に乗せられ身体を揺さぶられているのは、俺もよく知るクラスメイトで、普段のさばさばした性格からは想像もつかないほど激しく乱れている。男のほうは、隣のクラスのサッカー部のナントカ君。前に一回だけ、昼休み一緒にサッカーしたことあるけど、まともに話したことはなかった。顔は知ってるってレベル。二人が付き合ってるのは風の噂で聞いていたけど、まさかこんな形でお目にかかるなんて。
本来なら誰もいるはずのない空き教室、二人の息遣いと、机のがたつく音、そして粘着質な水音が響く。
「ナマエ、かわい…」
「や、ぁ、恥ずかし」
さて、なぜ俺がこんな現場に立ち会ことになったのかというと。
今日の部活終わり、教室に忘れ物をしたことに気づいた俺は夜の校舎に潜入することを決意した。ほとんどの教室は消灯を済ませ、所々ついている廊下の明かりだけを頼りに教室へ急いだ。その途中で、事件は起こったのだ。
普段授業でも使われることの少ない空き教室から、何やら物音がした。自分はそこまで怖がりなほうではなかったし、場所が夜の学校ということで妙に気分が高揚していたのだ。だから覗いたのは怖いもの見たさというか、単純に好奇心からだった。
そして冒頭に戻る。
「っあ…好きっ、あ」
「は、もっと、声聞かせて」
いやいや、これはやべぇんじゃねーの。
夜中といえど学校で大胆にも事を致しちゃってるクラスメイトを前に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。というか、目が釘付けになって離せなかった。
欲望のまま腰を振る男を軽蔑しながらも、身体を揺すられ喘いでいるナマエから目が離せない自分に気づいて、所詮男の本能には抗えないのだと悲しくなった。
「や、あっ…んん」
「っは…やべ、そろそろ、」
「ん、あたしも…っ」
男の腰の動きが速くなったと思うと、一際高い声が上がって二人ともぐったりと動かなくなった。覆いかぶさるナントカ君を重そうに受け止めると、ナマエは静かに息を吐いた。
一仕事終えた二人は、用意していたらしいポケットティッシュで処理を済ませ制服の乱れを直し始めた。黙々と作業する二人とは対照的に、俺は自分の熱くなった下半身をどうするかと狼狽していた。くっそ、ちょっとパンツ汚れたじゃねーか。
「はー、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「うん。待ってるね」
するとナントカ君が服を整えてこちらに歩いてきた。まずい。これは非常にまずい。慌てて傍にあった消火栓の影に小さくなる。
教室の前側のドアが開くと、ナントカ君は俺がいるのとは反対の方向に消えていった。
「助かった…」
全身から一気に緊張が抜けていく。一時はどうなるかと思ったが、このまま階段を下りればすぐに昇降口だ。よしよし、うまいこと逃げ切れそうだ。ごちそうさん、と心の中で合掌し、中腰のまま階段を目指して歩き出そうとした
その時だった。
「…高尾?」
振り返ると、ナマエが教室のドアから顔を覗かせていた。
「あ…」
俺はどこまでツイてないのだろう。
「……」
「……」
冷酷。冷淡。軽蔑。
まさにそんな言葉がぴったりくる表情で見下ろすナマエは、さっきまでの乱れようなど見る影もなく、いつも教室で会う、可愛いげのない彼女に戻っていた。あんな恥態を見らながらも平常心を保っていられるハートの強さは尊敬するが、そんなことより今の俺は、この下着の中の状態がナマエにバレないか、それだけが心配だった。バレたら軽蔑どころじゃ済まない。
刺すような視線が俺に降り注ぐ。気まずさプラス、後ろめたさで、彼女を直視できない。そんな俺を見て、ナマエは苛々と口を開いた。
「何か言うことないの?」
「え、えっと…」
「……」
「…とりあえず、パンツ替えたい」
ねぇ明日からどんな顔して会えばいいの?
140106