「それ、さ。なに食べてんの」

床に座っている私は、ソファで読書中の真を見上げて言った。
それ、というのは真が手に持ってる一口サイズの包みのことで、お菓子か何かに見える。

「チョコ」
「うそ、食べれたっけ」
「これは甘くねぇからいける」
「へぇ」

なぜわざわざ無糖を選んでまでお菓子を食べるんだろう。非常に理解に苦しんだけど、真の考えることなんて、どうせいつもわからない。私は考えるのをやめて、さっきからずっと弄っていたスマホの小さな液晶に視線を戻した。

私たちのデートというのは、だいたいいつもこうだった。

真の気が向いた日に、今日は部活終わるの待ってろ、とメールがくる。りょうかい、と返事をして、バスケ部の練習が終わるまでの間、私は本をよんだり宿題をしたりして大人しく待つのだ。おかげで図書室の新刊にはそうとう詳しくなってしまったのだけど、私はこういう健気な彼女とか、ガラじゃないよなーと思う。
図書室に真が迎えに来たら、体育館の鍵を返しに事務室まで歩く。普段校内を二人で歩くことなんてないから、実はちょっとうきうきしてること、真には内緒。

私の家は両親がいるから、真の一人暮らしの部屋に一緒に帰って、そのままお家デートになることが多い。

真は昨日買ってきた分厚くて小難しい本を読んでるし、私は小さな画面と睨めっこしている。同じ空間に居ながらお互い好き勝手してるこの感じが、私たちには収まりがいい。
平日は電車の時間までそうやって過ごして、終電のみっつ前くらいに間に合うように家を出る。二人でぽつりぽつり話しながら歩く駅までの道は、嫌いじゃなかった。

「あ、メール」

SNSを眺めるのにも飽きてきた頃、画面いっぱいに現れた新着メール一件の文字に心躍らせると、届いていたのはファーストフード店のメルマガだった。今日がハロウィンセール最終日、らしい。そっか。そういえば。

「今日ハロウィンだったね」
「あ?」
「ほら」

私がメールを見せると、真はちらっと画面を覗いてから心底どうでもいいような顔をした。そしてすぐさま読書を再開。
わかってたけど、もうちょっと食いついてくれてもいいのに。

「ねぇ、まこと」
「ん」
「トリックオアトリート」

テーブルには飲みかけのブラックコーヒーと、残り一粒になってしまったビターチョコがある。
察しのいい真は私の真意をすぐ汲み取ってくれて、包みを開けると、にっこり笑ってチョコレートを口に放り込んだ。
…自分の口に。

「え、うわ、ひどい」
「あーもうねぇわ」
「ひとつ位くれてもいいのに!」
「残念だったな」

全然残念じゃなさそうな顔をして、真は口直しとばかりに苦いコーヒーをすすった。そこまでしてチョコ食べなくてもいいのに。
怒ったフリでむくれると、上から真の笑い声が聞こえてくる。意地悪なくせに、私といるときにたまに見せる笑顔が優しいから、そんなのずるいよと思う。

「おい」

急に頭の上に重みを感じた。

「いたいなー何よ」

見ると、真がさっきまで読んでいた分厚い本だった。

「トリックはどうしたよ」
「え?」
「トリックオアトリートつっただろ」

真はいたって真面目だった。私に一体なにを求めてるっていうんだ。

「やらないよ。仕返し何されるかわかんない」
「賢明だな」

ずず、真っ黒いコーヒーが口の中に消えていく。

「…もしかして、ちょっと期待した?」
「ちょっとだけな」
「やらしー」
「うぜぇ」

中身をあらかた読み終えたのか、真は本を閉じるとマグカップを持ってキッチンにいなくなった。
スマホのバックライトを点灯する。もうすぐ電車の時間だった。

「ねぇ、電車そろそろだよ」

真は慣れた手つきでマグカップを洗いながら、こっちを見ずに言った。

「今日泊まってけば」
「明日の練習は?」
「オフ」
「ほんと。じゃあそうする」

朝練がなければ、こうやって二人の時間を延長することもある。でも全てはそのときの気分だから、毎回泊まる準備なんてしていない。
洗い物を終えた真が、私に貸すためのスエットと可愛い色の小袋を持ってソファまで来た。

「グアバかカシス」
「なにこれ」
「入浴剤」
「うーん…グアバかな」
「ん」

スエットとピンク色の入浴剤を私に差し出して、真はまた分厚い本を開いた。まだ読み終えてなかったらしい。

「ありがと。お風呂行ってくる」
「はいはい。タオルいつもんとこな」
「うん。……そうだ、真」
「なに」

振り向いた私は、精一杯の意地悪な顔を作って、笑った。さっきの真みたいに。

「お風呂あがったら、いたずらしてあげる」

ガラにもなく大胆なこと言っちゃって、恥ずかしくなって湯舟に沈んだのは内緒のお話。




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