いつも忙しなく働いている副長が、今日は珍しく暇そうだった。副長の部屋に入ると、普段なら私になんか目もくれず書類の文字を追いかけてる副長が、くわえ煙草で新聞なんか眺めてる。

「副長、先月分の報告書です」
「んー…」
「聞いてますか、副長。報告書」

顔は私のほうに向いてる。のに、私の言うことなんか意に介さず、ただただ、ぼーっとしている。

「…じゃあこれ置いてきますよ」
「それ、」
「なんですか」
「それどうなってんの」

それ、とは、副長の視線を見れば何のことを言ってるのかは一目瞭然。というか、私が部屋に入ったときから、副長はそこしか見てなかったから、絶対何か言われるだろうとは思っていたが。

「一昨日のテロでやられたんですけど」
「それは知ってる」

副長が言ってるのは、私の太ももに巻かれた包帯のこと。太ももといっても付け根のほうで、大部分はショートパンツに隠れされている。昨日医者に言って巻いてもらったのだが、場所が場所だ。歩きづらくてしょうがない。

正座する私ににじり寄る副長。思わず後ずさったけど、副長が私の包帯の脚を撫でるほうが速かった。

「どこまで巻いてんの、これ」
「あの、なに普通に触ってんですか」
「部下の怪我の状態は把握しとかなきゃなんねぇだろー」
「意味わかんないんですけど」

そんな上司の義務、初めて聞きました。
包帯を一通り観察した後、今度はショートパンツの裾をめくり出した。

「…っ、」
「まだ痛ぇんだ」
「当たり前じゃないですか…」
「あーほら、動くから、血」

怪我したのだって一昨日のことだ。まだ痛みが残ってるに決まってる。
それでも仕事はいつも通りあるわけで。午前中も稽古にパトロールと大忙しだった。
怪我なんか省みず動き回ったせいで、包帯には血が滲んで痛々しい様になっている。

「包帯、巻き直してやろうか」
「副長の仕事じゃないんで、けっこうです」

視線を包帯に向けたまま、副長がとんでもないことを言い出した。
患部、脚の付け根ですよ?わかって言ってます?

「離れてください。近いです」
「お前、脚はイイよな」
「話聞いてます?」

しかも脚は、って。は、って。
私が精神的に地味なダメージを受けていると、副長はもう私の怪我とか関係なく、普通に太ももを触っていた。

「あの、いい加減止めてください。ここ屯所なんで。みんないるんで」

「いなけりゃいいのか」

揚げ足を取られてしまった。こうなるとその後の展開は目に見えている。
どうしようと考えたあげく、ならば、いつもと違う反応をして副長を畳み掛けるのはどうだろう、と思い付いた。引いて駄目なら押してみろだ。

「…そ、そうですね、人目さえなければいんじゃないですか。残念でしたねーここが屯所で。他の隊士たちがいなければ色んなことやり放題だったんですけどね、副長。いやー非常に残念です」

私の作戦が功を奏したようで、副長は少し考え込むような顔になった。成功だ。今、流れは私にある。
さぁ、自分の立場や今の状況を十分に考え直してください。そして後悔し反省して今すぐ退いてください。今すぐ。

しかし、続く副長の言葉に、私は青ざめることになる。

「…ちょうど、他の隊士たち出払ってるみてぇなんだけどよ」
「え」

そういえば、いつもなら騒がしい廊下も、中庭も、いやに静かだ。副長の部屋に来ると頻繁に乱入してくる沖田隊長も、姿を見せない。なぜ今日に限って。
冷や汗が止まらないし、怪我した脚は痺れて動かない。
ここでふと、隊士たちのスケジュール管理を行っているのは副長だということを思い出した。

「あ、あの…ふくちょ、」
「誰もいなけりゃいーんだっけ」
「ちょ、待って、…」
「やっちゃっていーの?色々。」

にやりと片方だけ口角を上げた副長の顔は、一昨日の大捕物のときと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、楽しそうだった。私の貞操は果たして。




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