お風呂場からの私を呼ぶ声に、夕飯を作る手を止めた。

コンソメの海に沈む野菜たちは箸で切れるくらいの柔らかさになったし、俵型に整えられた挽き肉は残すところ焼くだけだ。一応鍋の火を止めさっと手を洗ってから台所を後にする。

「おい、シャンプー切れた」

浴室の扉を開けると、ふんぞりかえったような格好で湯に浸かる総悟がシャンプーのボトルを指して言った。人をここまで呼び寄せておいてこの偉そうな態度。将来は絶対テイシュカンパクになると思う。絶対。

「そんなことくらいで呼ばないでよ」
「そんなこととはなんだよ」

私は脱衣所にある洗面台の棚を開けると、ピンク色の詰め替えパックを取り出した。ラズベリーフレーバーのやつ。

「そこにあったのか」
「言ってもどうせ自分で取らないと思って」
「よくわかってんじゃねぇか」

でもやっぱり、と思い直して私はラズベリーのを仕舞い、はちみつ色のシャンプーに変えた。総悟の髪の毛を見たら、なんとなく気が変わったのだ。

脱衣所と浴室のちょっとの段差に腰掛けると、タイルの水が足の裏に染み込んでくる。部屋着がショートパンツでよかった。
封を切ってシャンプーをだばだばと流し込む私を総悟は横目で見ていた。湿度の高い空間は、すぐにはちみつの匂いで一杯になる。

「一緒に入る?」

全部入れ終わるタイミングで、総悟は口を開いた。浴槽の縁に顎を乗せて、じと、とこちらを見つめてくる様は、美男子と言うよりどちらかと言えば美少女と言ったほうがしっくりくる。濡れて張り付く長めの前毛のせいかもしれない。

「ううん、わたしこの後スーパー行かなきゃ」
「今から?」
「うん。ケチャップ切らしてたから」
「そんくらい良いだろ明日で」
「だめだよ、今日夕飯ハンバーグだよ」
「……」
「総悟デミグラス嫌でしょ」

総悟はシャンプーの雫がボトルの表面を伝い落ちていくのを目で追っていた。無表情なのに、つまらなそうといった風には見えない。総悟は私といるといつも不思議な表情をする。

「髪、洗ってあげようか」

手に着いたシャンプーを流し、濡れないように慎重に上着を脱いでキャミソールになる。
総悟は一瞬きょとんとしていたが、すぐに浴槽を出ると私に背を向けてタイルの上に腰を下ろした。
服の上からだとそうとは気づきづらいしっかりと筋肉の付いた脇腹や浮き出た肩甲骨を間近で見て、可愛い顔しててもやっぱり男の子なんだなぁと実感する。
咄嗟に抱き着きたい衝動に駆られたが、自分が今服を着ていることを思い出して我慢しておいた。
…正確には、我慢できなかったので背骨を指でなぞったのだが。すると「何すんだ痴女」と言われた。無念。

「さらさらだなぁ」
「なかなかのキューティクルだろィ」
「女の子みたいだよね」
「それ褒め言葉じゃねぇから」
「え、そうなの」

指通りの良い細い髪を一本一本梳くようにシャンプーを絡ませていく。
綺麗な亜麻色の髪の毛は、はちみつの匂いがよく似合う。まるで、髪からこの香りが出てるんじゃないかと思うほど。
普段はしてないと言っていたリンスまでしてやりシャワーのお湯で濯ぐと、髪が一層きらきらと輝いた。

「はい、おしまい」
「んー」

掛けてあったタオルを頭に被せてやると私の手に頭を擦り寄せてきたので、髪の水気を吸い取るところまで面倒をみることにした。甘やかすと図に乗るタイプらしい。

「じゃあちゃんと肩まで浸かってね」
「へいへい」

台所に戻って、調味料を足そうと戸棚を覗くと、そこでトマトの缶詰を見つけた。なんだ、これなら今からスーパーに行く必要はない。一緒にお風呂入ればよかった、とラベルを見てみると、消費期限の欄には二ヶ月前の日付が刻まれていた。
どうやら私はどうやっても総悟とお風呂に入れないらしい。

缶詰をごみ箱に放ると、蛍光灯に反射して腕の辺りが一瞬光ったのに気づく。見ると、服の袖に総悟の髪の毛が一本、くっついていた。

それは細くて柔らかくて、ふんわりと甘い匂いがした。








20130118
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