「あ」


行きつけの居酒屋で見慣れた背中を見つけてしまった。そうだ、ここは彼の行きつけでもあったっけ。
当の本人はこちらに気づいていないようで、俯き加減でちびちびと呑んでいた。

「どうした浮かない顔して!また振られた?」

迷わず駆け寄って隣に座る。返事をするのも間々ならないらしいその彼、山崎退は、ゆっくりとこちらを向くと頬を引きつらせて微笑んだ。目が笑ってない。

「げ、図星だった」
「ナマエって空気読めない癖に勘は良いよね」
「誰だっけ。甘味屋のマナちゃん?」
「違う。それ去年振られた」
「あぁごめん定食屋のエミちゃんか」
「……」
「あれ?違った?」


「だあああもう古傷をえぐるなよ!エミちゃんとは3ヶ月前に別れたよ!長期出張から帰ったら俺の部屋で他の男とお楽しみ中だったよクソっ!!」

「…思い出したわ。あの時は相当荒れてたっけね」
「ナマエちゃんにデリカシーというものを教えたい、まじで」

「よし、おっちゃんビール2つ」
「え…オレ熱燗でしんみり落ち込むつもりだったんだけど」
「いいの!こういう時はパーっと飲んで忘れる!」
「えぇー…」

山崎の話を聴いてやると、どうやら今度のお相手はファミレスでバイトしてるショートヘアの可愛い子ちゃんらしく、彼女のシフトに合わせてファミレスに通っていたら3kg太ったとかなんとか。すごくどうでもいい。
どうにか連絡先は交換し、時々食事に行く仲になった所で告白すると、タイプじゃないと断られたとのこと。

山崎の恋愛の王道パターンだな、と思った。
何度もこの手の相談は受けているため、喉を鳴らしてビールを流し込む山崎に既視感すら感じる。

「……甘くないね」
「そりゃ甘くないよ。甘酒じゃないんだから」
「違くて、俺の人生が」
「あぁ……まぁさ、元気出しなって。山崎は良い奴だよ」
「この前ナマエ、良い奴は男として見られないって言ってた」
「もう、そうやって細かいこと気にするからだめなの!」


ふとカウンターテーブルに視線を落とすと、「御自由にお取り下さい」と親指大のサンタの人形が置かれていた。
ひとつ、じゃなくて一人つまんでグラスの縁に座らせてみた。まぁなんて可愛い。


「クリスマスかぁ」
「ねぇそれ俺への嫌がらせ?嫌がらせだよね」
「今年も二人で飲み明かすかー」
「えっ良いのかよ」
「嫌々だけどね」
「なんだよそれ」
「私も今はフリーだしぃー」
「それずっと言ってない?」
「明日辺り、白馬に乗った王子様が来るんだよ」
「そんなこと言って良いのは10代まで……痛たたたヒールは痛い!ヒールは!」

こうやってくだらない話して、馬鹿みたいに笑って。こんな時間が私は本当に好きだった。
いいじゃん、あんな子に振られたって。
私と一緒にずっとこうやって笑ってようよ。

当の本人はもちろん私のこんな気持ちに気づくはずもなく、焼鳥の破片を串で突っついていた。

「あーなんかナマエと話してたら元気出てきた」
「なにそれ生意気」
「嘘、そんなこと言う?」
「何企んでんのよ」
「…いやさ、冗談抜きでナマエには感謝してるよ。ナマエ居なかったら立ち直って来れなかったもん、俺」

山崎は急に立ち上がると、大きく伸びをした。

「今何時だっけ」
「9時半だけど」
「よし、まだいるな」
「え、なに、どっか行くの」
「あの子のバイトしてるファミレス、行ってみようかと思って」


「…今から?」
「うん。もっかい頑張ってみるよ」

グラスの縁に座っていたサンタが、ぽちゃ、と音を立ててビールの泡に沈んだ。
私がプラスチック製だと思っていたサンタの人形は砂糖菓子だったようで、小さく泡を立てながら削れていく。

「じゃ俺行くわ。ナマエ、今日はありがとね」

遠ざかる見慣れた背中は暖簾の向こうに消えていった。
溶け始めたグラスの底の人形はひとまわり小さくなっていて。

私のこの思いもどんどん溶けて無くなっちゃえばいいのに。ビール味のサンタを摘み出して、がりがりと噛み砕く。

あぁほんとに、


「甘くないなぁ」


苦くて苦くて泣きそうだ。







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