次の試験まであとニ週間とちょっとくらい。部活動停止期間もまだ先なせいか、放課後の教室に残る生徒はいなかった。

机の上にはノートに教科書、無印で買ったシャーペンが転がる。そしてスマホを弄る細い指が、視界の隅っこで行ったり来たり。


「ちゃんと勉強してね〜。リコに怒られるの私なんだから」
「…つか、なんでミョウジ先輩が」
「だって日向たちだって練習あるし。火神くんにばっか付き合ってらんないんですよー」


興味なさそうにノートを覗き込むミョウジ先輩は「ほら、手止めない」とオレを急かして、また小さい四角に目を移した。

正直数式なんか頭に入らないというか。近いというか。
カントクたちがいなくなった途端、煩く暴れ出した心臓にとんと嫌気がさした。
そもそも日本の机は小さすぎるのだ。オレのサイズが規格外という突っ込みは置いといても、机を挟んで座る彼女はちょっと手を伸ばせばどうにでもできる距離にあって。
そんな状況にあれば、XやYの値なんかより早く君の心を解き明かしたいよーなんて、流行りの恋愛ソングも真っ青の恥ずかしいことだって考えてしまうのだ。仕方ないのだ。


「ねぇ火神くん」
「っ!!」
「違うこと考えてるでしょ」


久方ぶりにまともに視界に入ってきたミョウジ先輩は、もうスマホを見てはいなかった。
身体をこっちに向けて、身を乗り出して。もう手を伸ばさずともどうにかできる距離にいる先輩に、再び日本製学習机への怒りが増してきた。


「何考えてたの?」


にっこりと悪戯っぽく笑うミョウジ先輩。上目遣いになってるのまで計算だとしても、それも含めて可愛いなんて思える。そうとう重症だ。


「私のことー?」
「…ばっ、違げーよ!」


不自然にのけ反ったせいで、机の下のオレの膝が先輩のそれとぶつかった。引きずられたイスと床が悲鳴をあげて、その音がオレの気持ちを代弁しているようでほとほと情けない。


「火神くんどう?はかどってる?」
「あ、リコ」


突然教室の扉が開くと、カントクが顔を出した。


「なんだ手止まってるじゃない。何してたのよ」


手どころか、思考も完全に止まってました。すいません。
オレの動揺なんて気づきもせず、机に乗る真っさらな数学のノートを見下ろし不満顔のカントクに、ミョウジ先輩はしれっとしていた。


「今ねー、火神くん口説いてた」


え、嘘、オレ口説かれてたの。
またからかわれたかと、ちらっと盗み見たミョウジ先輩の顔は、しかしほんのり赤く染まっていて、照れたように笑いかけられた。
ぶつかった膝はまだ触れ合ったままだった。



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