彼女を泣かせてしまった。


普段から割としっかりした子だったから、まさかこんなことで泣くとは思わなかった。
きっかけは些細な口喧嘩だった。



オレが他の子とデートしたときも泣かなかった。誕生を日忘れたときも泣かなかった。なにが彼女をこんなに悲しませたのだろう。あるいは、一事が万事、具体的な原因などなく、そんな小さな我慢の積み重ねに、彼女の心が悲鳴を上げたのかもしれない。

「涼太のばか」
「…うん。ごめんね」

オレの腕の中でしゃくりあげる彼女は、抱きしめたら壊れちゃうんじゃないかってほどに細い肩を震わせている。こんな小さい身体に、オレは色んなものを背負わせすぎていたのだ。

「ばか、嫌い」
「ごめんね。ごめん」

オレの肩を叩く手は弱々しくて全然痛くなんてないけど、そのことで心のほうがずきずきと痛んだ。なんでこんなことしちゃったんだろう。反芻しようにも体中の感覚が麻痺してうまく働いてくれない。腕の中に収まった一人分の体温だけがいやに温かい。

「ナマエ、好きだよ」

口をついて出た言葉はあまりに安っぽくて、平凡で、いざとなれば自分もどこにでもいるただの男でしかなかったんだと寂しくなった。
思ってもない褒め言葉とか、自分を取り繕うための気の利いた返答とか、いくらでも口から出てくるのに、肝心の本心を伝えようとすると、それはたちまち嘘くさい響きを帯びて口からこぼれる。

「ごまかさないで」
「好き」
「…知らないよ、」

身をよじって抜け出そうとする彼女を押さえ込んだ。
そうだ。この体勢に持ち込むのだって、随分時間と労力を費やしたんだった。泣きじゃくって俺を非難する彼女を半ば無理矢理に抱きとめた三十分前を思い返す。
涙は枯れることを知らないように流れ続けている。一人の人の為に流す涙の量というのが決まってるとしたなら、彼女は俺の為にいつまで泣き続けるだろう。
もしそうなら、当分泣き止むことはないだろうなと思った。だって彼女は、今まで俺のことで泣いたことなどなかったから。少なくとも、俺の知る限りは。

「ナマエ、好き」
「…うるさい、ばか」

力無く胸板を叩いた掌がずるずると下まで落ちていった。その手を握り締めて指を絡ませてみる。ひと回りもふた回りも小さな彼女のそれは拭った涙で濡れていた。

「オレ馬鹿だからさ、こんなことしか言えないっスけど」






「ちゃんと好きだから。信じて」


きっとこの後彼女は俺の手を握り返して、頭を撫でて、もうしないでねと笑うだろう。もうすぐ見ることになるだろうナマエの弱々しい笑顔が頭に浮かんだ。

こんなことをずっと繰り返していくのだろう。この先彼女を愛し続ける自信はあるけど、幸せにしてあげられる自信はない。傷付いている彼女を見るのは俺だって辛いのだ。




130619
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