運の良いことに、今日はバスケ部の朝練がない日だった。
じゃあ、そろそろ来るはず。

靴箱の陰で待つこと7分。眠いんだか眠くないんだかわからないような顔で昇降口に入ってきた彼が見えた。
靴箱からちょこっと顔を出して、周りに聞こえないくらいの小声で彼を呼んだ。


「翔一、ちょっと」
「おーナマエか。なに?」
「ついて来て」


クラスが違うこともあって普段はこんな時間に顔を合わせることもないので、翔一は少し驚いた様子だったけど素直について来てくれた。
自分の教室の前を素通りして、三年生の階よりさらに上へと続く階段を上る。ちゃんと後ろを付いてきてるかとちらちら振り返りながら上っていると、「大丈夫、ぎりぎり見えへんで」と何とも検討違いな言葉が返ってきたので、なんとなくスカートは押さえておいた。
階段を上りきった一番上、屋上へ続く錆びた鉄の扉を開くと、運よく人影はなかった。やっぱり今日の私はついてる。


「なんやなんや告白かー?」
「…ばか、今日は何の日よ」
「何のって」
「誕生日おめでとう」


大事に胸に抱き抱えていたラッピングの袋を翔一に差し出す。そう、今日は待ちに待った彼の誕生日なのだ。
私なりに、この日のためにプレゼントの吟味やら渡す場所のリサーチやらと一週間くらい前から心を砕いていたのだった。
しかしそんな私の苦労もなんのその、当の本人はきょとんとしている。


「あぁ!すっかり忘れとったわ。そうやったな」
「普通忘れる?」
「喜ぶ歳でもないやろー」
「そうかなぁ」


なんと祝い甲斐のない人なんだろう。しかし私から袋を受け取ると、やっと自分の誕生日を実感したようで、段々と嬉しそうな顔になってきた。


「ん、ありがとな」
「いいえ」


ラッピングを開けて見て、おー、だとか、あー、だとか声を発する姿は珍しく歳相応の男の子で、何だかんだで嬉しいんじゃないかとおかしくなった。
とにかく喜んでもらえたみたいで、よかった。ほっと胸を撫で下ろす。


「…おし」


するとふいに思い出したように、翔一が呟いた。


「どうしたの」
「サボるか」
「…え、うそ。本気?」
「おー。だってこない天気ええし。わし誕生日やし」
「誕生日関係ないし」
「まぁええやんええやん」


あの優等生からサボるなんて言葉が飛び出すとは。担任が聞いたらさぞ悲しむだろう。私だって、教師からの親任なんてあってないようなものだけど、さすがに一限からエスケープなんて勇気がいる。
翔一はラッピングの袋を元のように包み直して鞄に仕舞うと、棒立ちになっていた私に左手を差し出した。


「ん」
「なに」
「手」


何のことかとわからないので、私も左手を差し出してみる。これから運命を共にする共犯者に握手でも求めたのだろうか、と思ったけど違ったらしい。そもそも私、一緒にサボるなんて言ってない。
無言で払われた左手は虚しく、代わりに掬い上げられた右手に指がからめられた。


「ほな行くか」
「このまま?」
「あかんの?」


確認を取ったくせにこちらを振り向きもしないまま、翔一は私を引っ張って屋上の扉を押した。

廊下に出ると、ホームルーム前の明き時間をお喋りに使うクラスメイトや、遅刻を危惧して速足で駆ける後輩やらとすれ違って、繋いだ右手と、顔が熱くなった。ちらちらと右手に注がれる視線が痛い。離れようにも握られた手は益々強くなるばかりで、彼はこの状況を楽しんでいるみたいだった。彼が意地悪だったってこと、忘れてた。


「翔一、なんか…浮かれてる?」
「そら浮かれるやろ」
「誕生日喜ぶ歳でもないって言ってたくせに」
「誕生日自体は別に嬉しないけどなー」


じゃあ何が嬉しいの。
続く言葉を待っても、これ以上なにか言ってくれる気配はなかった。そうだ、彼は意地悪なんだ。


「…なによ」
「さて何でしょう」


私たちは手を繋いだまま校門へ歩いた。
強引に包み込まれた手の中で指をもぞもぞ動かせば、やんわりと握り返される。

背後の校舎からは始業のチャイムが鳴り響き、窓際の生徒たちが私たちに気づいて騒ぎ出した。
そういえば、私、かばん教室だった。どんな顔して戻ればいいんだ。言い訳は翔一の誕生日だから、で済むだろうか。





Happybirthday 今吉!
130603
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