「いらっしゃいま…」


大学が休みの間だけ、と始めたケーキ屋さんのバイト2日目。
店にとんでもなく大きなお客さんが来た。

「あれ?あんた前からいたっけ」

身を屈めるようにして入口をくぐった彼は制服から見るに、近所の高校生らしい。

「えっと、昨日からバイトで」
「ふーん」

こんな人でもケーキ屋さんに来るんだ…
スイーツを愛するお洒落なご婦人たちと優雅な時間を過ごしたくてこのバイトを始めた私の期待は大きく外れた。

「おすすめはー?」
「シュークリームと、今の時期だと苺のミルフィーユですかね」
「うわーカンペ丸読みー」
「まっまだ慣れてないんです!」

慌てて店長からもらった資料を隠した。
そっか背高いからカウンターの中見えるんだ。

「まーいーや。このプリンちょーだい。ふたつ」
「はい(…聞いといて買わないんだな)」
「だって高けーんだもん」

心の声が顔に出ていたらしい。わたし接客業向いてなさそう。
プリンを一番小さい箱に詰めて保冷剤を入れて、手渡そうとしたところで、彼がこちらをじっと見下ろしていることに気づいた。私が差し出した箱を受け取ろうともしない。

「あんた明日もいる?」
「え、居ます、けど…」
「ふーん。じゃーね」
「ありがとうございました…」

多めに保冷剤の入った小さい箱を持って、彼は店を出ていった。
なんだかどっと疲れがきた。ケーキ屋さんがこんなに重労働だったとは。





* * *





それからというもの、私がシフトの日は毎日とは言わないまでも2日に一回、あの高校生は来た。この店が通学路らしく、中を覗いて私を見ると入ってくる。

「ナマエちんプリンひとつ」
「…いらっしゃいませ」

そしてこの店で一番安いカスタードプリンを買っていく。どこで知ったのか私の名前まで呼んでくる始末だ。
たぶんバイトの合間にやってた課題の記名を見られた。これは仕事中に課題やってた私が悪い。私の落ち度だ。

「ねーねー店番終わったらオレのこと構ってよ」
「無理です。いつ終わるかわかんないし」
「もうすぐ閉店時間でしょ?」
「でも片付けとか」
「俺待ってるし」

埒が明かない。彼と話しているといつもこんな感じだ。言い出したら聞かない駄々っ子と会話してる気分。
今だって、他のお客さんの邪魔になると言ってるのに店のソファで買ったプリンを食べている。まぁこの時間はお客さんなんてほとんど来ないんですけどね。そういう問題じゃない。

「あのさーナマエちん落ちてくんないと、いい加減俺ハタンするんだけど」
「は?」

プリンを食べ終えたと思ったら急に何言い出すのだろうか。思わず見ていた収支表から顔を上げる。

「ちょっとは高校生のお財布事情も考えてよ」
「え、落ちるとか…いつからそんな話になってんのよ」
「いつからって最初っからだし。なんの為に駄菓子我慢してプリン買ってると思ってんの」
「知らないよ…」

すると静かな店内に、とびきり大きなお腹の音が鳴り響いた。プリン食べたばっかのはずじゃ。

「……」
「ナマエちんお腹空いた」
「……」
「ねぇナマエちん」

子犬のような綺麗な瞳で見つめられる。体おっきいくせに。
残念ながら店の片付けは全部終わってるし、売上の集計もじきに終わる。すぐにでも店を出れる状態だ。さらに言うと実は私もものすごくお腹が空いている。
もう一度彼のほうを見た。まだ私をじっと見つめている。

「……ファミレスでいいなら」
「やったー」

押しに弱い自分を呪いたい。






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