「大ちゃんのバカ!!ガングロクロスケ!!もう知らないんだから!!」
「あ、オイ!待てよ!さつき!」

クリスマスを1週間前に控えた今日。
桃井は盛大に目の前の幼馴染みと喧嘩を繰り広げた後……だったりする。
きっかけは彼女にとって結構大きな事だった。
部活帰りに青峰はコーヒー、桃井はココアといった温かい飲み物を片手に帰路を歩いていた時のこと。

「ねぇ、大ちゃん。大ちゃんはクリスマスプレゼント何が欲しい?」

桃井が彼の覗き込むと、少し考え込んだ後に口が開くのを確認する。

「……マイちゃんの写真「それ以外でね?」っち……」

有無を言わさないその笑みに面倒そうに視線を反らす青峰。
桃井はその行動に彼の顔をじっと見つめる。

「……別に欲しいものなんてねーよ」
「そう? じゃあ今年も適当に何か用意するね」

ニコニコと笑っている彼女の尻目に青峰はポケットに入っている一通の手紙の存在に気を取られる。

「(……これ、どうしろっていうんだ)」

ピンクの封筒にハートのシール。これは所謂ラブレターというものだろうか。
貰うのは初めてではないが、いつもこっそりと処分して告白も断るからか印象に残った事はない。

「(……ああ、めんどくせぇ)」

いつも下駄箱にこっそりと入っている事が多いこの手の手紙だが、今回は違った。
部活前に直接手渡しされて「好きです」と告げられたのだ。
そこに運悪くコイツが遭遇して。
思わず目の前で顔を真っ赤に染めながらもじもじとしている女と無表情でドアの前で固まる彼女を見比べてしまう。
あのときほど気まずい空気は久しぶりに体感した。
それ以上に気味が悪かったのは、あの後普通に「大ちゃん部活行こう!」と満面の笑みで笑いかけてきた事だったりする。
部活の時は至って問題もなく、普通に練習も終わり今に至る。

「(……さつきの奴、何とも思ってねぇのか?)」

告白現場を目撃したことに一切触れようとしないその言動がむず痒く感じる。
いっそ「大ちゃん、モテモテだね〜」とニヤニヤしながらからかわれた方がスッキリするはずだ。

「(……クソっ、何だってこっちがイライラしないといけねぇんだよ)」

思考がそっちに取られてしまっていた故に桃井の話を全く聞いていなかった青峰は「ちょっと話聞いてる?!」とむすっと頬を膨らませる桃井に思わず「うるせーよ!!」と怒鳴ってしまう。
その怒号に桃井は一瞬顔が強張った。

「……ごめん」
「今日のお前、ヘラヘラ笑ってて気持ち悪ぃ。……言いたいことあるんだったら、ちゃんと言え」

遠回りに言われたその台詞に桃井の顔は凍りつく。
すると瞳からボロボロと涙が溢れ始めた。
唇をぎゅっと噛み締めながら睨み付けてくるその表情に思わずぎょっと眼を見開く。

「な、おま……」
「言いたいことあるんだったら、ちゃんと言えって言われて全部ぶつけられたら苦労しないよバカ!!私と大ちゃんはただの幼馴染みだし?!正直大ちゃんが誰と付き合っても私は文句なんて言えないの!!だから必死に触れないように敢えて別の話題にして、ヘラヘラ笑って……私の気持ちも考えてよ!!」

止めどなく頬に伝っていく涙に青峰は動く事も出来ずにそんな彼女を見つめることしか出来ない。
彼女を泣かせる奴はどんな奴でも懲らしめてきたが、まさか自分が泣かせる立場になるとは思っていなかった。
こういうとき、どんな言葉を言えばいいのか分からない。
桃井はさらに畳み掛けるように言葉を続ける。

「だけどね!私、大ちゃんが告白されて苦しかった!!大ちゃんの近くにいられない事が寂しかったの!大ちゃんにその気持ちが分かる?!」
「さつ、」
「大ちゃんのバカ!!ガングロクロスケ!!もう知らないんだから!!」

持っていたココアの缶から手を離す。
カラン、と音を立てて茶色の液体が地面に広がった。
走り去っていく彼女を動けず見つめることしか出来ない自分に苛立つ。

「……っクソ……さつきの奴……」

言いたいことを言いたいだけぶつけやがって。
思わず目の前にある転がったココアの缶を蹴り飛ばした。
真横の公園に入り込んだのを確認して、桃井が走り去った方向にゆっくり歩き出す。

「……あー、本当めんどくせぇ事になりやがった」

ため息をつく。
幸せが逃げるやらそんな迷信を信じているだけの余裕もない。
とりあえず明日には「大ちゃん、おはよう!」と笑いかけてくれるその笑顔に期待しながら、青峰は寒さに身をブルリを震わせて家のまであと少しの道を歩いていくのだった。
***
だが、その期待はあっさりと裏切られた。
桃井は徹底的に青峰の事を避け始めたのだ。
いつもなら遅刻寸前になる彼をわざわざ家にまで呼びに来た彼女は喧嘩をした次の日から、青峰を置いて学校に向かった。
その日はそれで青峰が遅刻になったのは言うまでもない。
自分とは違うクラスである彼女に会いに行く為には放課にならないといけない。
その時間を見計らって会いに行くも、クラスに彼女の存在は無かった。
青峰は彼女と同じクラスであり、部活が一緒である桜井に声をかけた。

「……オイ、良」
「あ、青峰さん?!どうしたんですか?」
「さつきが居ねーんだけど、どこいったか知らねぇ?」
「え?授業の時はいましたよ?」

その一言で明らかに避けられているのだと悟る。
今までに喧嘩こそ何回かしている上に、無視されたこともあるため、そのうち向こうから話しかけてくんだろ。
そう諦めをつければ楽なのかもしれないが、感情はそう簡単に割りきってくれるものでもない。
それに自分の前で泣いてあんな事を溢したのもあれが初めてだからか、このまま平行線のままの関係が続いてしまうのかと思うと、青峰は胸糞悪く感じた。

「…ったく、アイツなに考えてやがる」
「?何かあったんですか?」
「あ?お前には関係ねーよ」「す、スミマセン!」

すぐに謝る癖のある彼に呆れた眼差しを送り青峰は教室を後にする。
昼休みにでも捕まえればいいか、と考えつつポケットに手を突っ込むと昨日と同じ制服を着てきたからか、そこには彼女と喧嘩した火種となった原因がそのまま入ったままになっていた。

「(……そういえば、まだ処分してねーわ)」

生憎と告白を受け入れている場合ではない。
自分にとってこんな女よりも桃井の方が大切なのだ。
黄瀬みたく甘い台詞を口に出来るほど軽い男でも、女子に対して気を配れるような男では無い故に、大切である事を伝えそびれているが。

「(……巨乳だったけど、仕方ねぇか)」

青峰はビリビリと封筒ごとその手紙を破り捨てて、廊下の窓からそれらを飛ばす。
ヒラヒラと舞ったそれらは風に飛ばされ音を立てることもなく地面に落ちた。
その日の昼休み。青峰は昨日の女に呼び出された。その視線から返事を求めに来たのが分かる。

「……あの、手紙。読んでもらえましたか?」
「あー、あれか?破り捨てたよ」

サラリと酷い一言を浴びす青峰に女は驚きを隠せずに「えっ」と言葉を漏らす。
「俺、お前みたいな真面目っ子ちゃんに興味なんてこれっぽっちも湧かねーんだわ。今日もせっかくの昼寝を邪魔されてイライラしてんだよ。……だから、さっさと消えろ」

女の肩が小刻みに震えて、この場にいるのが耐えきれなくなったのか走り去っていく。
屋上のドアがバタンと閉まると、そこには青峰一人が取り残される。
ピュウっと冷たい風が頬を掠めていった。

「……流石にひでー事言っちまったか」

自分が鬱憤ばらしとばかりに桃井との亀裂が入った原因となった女にぶつけた言葉を思い出しながら、その場に寝転がる。
別にあの女が悪いわけではない。
好意を向けるのも告白するのもその女次第であって。
その光景をたまたま桃井が見てしまった。それだけである。

「……ったく、めっちゃダセぇんだけど」

一人ポツリと言葉を落としてもその言葉に反応を示してくれる奴はここにはいない。
こういう状況になって初めて自分の隣に彼女がいるのが当たり前だと気づく愚かな自分に、いい加減うんざりしてくる。

「っち……」

舌打ちをするも、それも嫌になる位に青い空に溶けて消えるだけだった。
***
クリスマスイブの昼。とある喫茶店で桃井は一人の中学の親友とお茶を飲んでいた。
その横にはいくつかの紙袋が並んでいる。

「ねぇ、さつき。アンタ本当にそれでいいわけ?」

長年自分と青峰の関係を見てきた友人が溜め息を溢す。
それをしゅんと落ち込んだ表情で聞く桃井。
その場は休日の女子会、というより桃井が一方的にその友人に相談を持ちかけているだけの会になっていた。

「だって……その、大ちゃんがモテるっていうのは知ってたんだけど……目の前で告白されるのを見ちゃったし……こっちが必死に気を遣ったのに、大ちゃんあんな事言うから、我慢できなくなっちゃって」
「まあ、さつきの気持ちも分からなくないけどさ……それにしても1週間近くも一言も口を利かなかったのは今回が初めてじゃない?」
「うん……。部活で顔は合わせるんだけどね」

桃井は結局あれから1週間近くも青峰を避け続けている。
いつもなら2、3日は喧嘩を継続して、大抵自分から折れる桃井だったが今回はそのタイミングを失っていた。
ここまでくると、お互いに意地を張り通すしかない。そしてクリスマスの前日である今日に至る。

「は〜…これじゃ大ちゃんにクリスマスプレゼント渡せないよ」
「アンタね……こんな状況にクリスマスプレゼントの事を気にしてるわけ?」
「うん。だって毎年渡してるものだし。今年も手渡しできたらと思ってたんだけどなあ」

桃井は重い溜め息を溢す。
それを友人である目の前の女は心の中でどうしてここまで無自覚なのだろうと呆れてしまう。
近すぎる距離にいるから、お互いに求めているのに気づかないだけなんだろうか。
そう思ってしまった。

「(さつきか、青峰くんか……どちらかが折れればきっと解決する気がするんだけど)」

二人を幼稚園、小学校、中学校と長い時間を見てきた。だからこそ二人がどんな関係なのかをよく知っている。

「(黒子くんの事好き好き言ってるけど……きっと『好き』の感情の違いなんだろうなー)」

青峰と喧嘩してここまで落ち込む本当の理由を知れば、案外上手くいくような気もするんだけど。
その女は温かい紅茶のカップに口をつけて、それを下ろす。「とりあえず、クリスマスプレゼントを口実にして仲直りでもしなよ。青峰くん、きっとさつきからきっかけをくれるを待ってるはずだから」
「……そうかな」

苦笑しながら桃井もミルクの入った紅茶に口をつけた。その反応に女は頷いて見せる。

「そうだよ。だから、早く青峰くんと仲直りできるといいね」
「……うん。ありがとう」

桃井はここに来て初めて安堵の笑みを浮かべる。
それを見た女はふっと微笑むのだった。
***
クリスマスの朝、青峰のケータイが鳴った。その着信音でメールが来たのだと知る。

「(ったく……誰だ、こんな休みに)」

この季節だから出来ることなら一日中布団で過ごしていたいと思う感情を邪魔された青峰は、携帯を無視してそのまま眠りにつく。

「(どうせ、大したメールじゃねぇだろ)」

青峰はそのメールが桃井からである事をまだ知らない。
そのまま再び睡魔に負け、夕方まで眠り続けた。

「大輝!!起きなさい!!もう夕方よ!!」
「んあ?あー……もう夕方か」

母親に起こされて渋々といった顔でベットから起き上がり伸びをする青峰。寝惚けた頭で携帯を開くといくつもの不在着信とメールが一件入っていた。

「(な……んでこんなに着信が入ってんだ?)」

一体誰から……と重いながら青峰は相手を確認すると全部同じ相手からだった。

「(さつきじゃねえか!!)」

頭が一気に覚め、慌てて来ていたメールを開く。

“from:さつき
クリスマスプレゼントを渡したいので、今から一時間後にいつもの公園の時計台の前で待ってます。
来るまで、ずっと待ってるから”

送られた時間を確認するとそれは朝の10時頃。既に6時間以上経っている。
この季節に外でそんな長い時間待つなんて狂気の沙汰だ。

「あンの……バカが!!!」

青峰は慌てて手元にあるジーンズとシャツを手にとって着替える。
そして転がっていたジャケットとマフラーと手袋を持って急いで外へ飛び出した。
歩いて数分経った所にある場所は走れば数十秒で着く。
青峰がそこに着くと、桃色の髪の彼女がそこに佇んでいた。
「バカか!!お前は!!」

慌ててそこに駆け寄ると、桃井は心底嬉しそうに微笑んだ。

「あ……大ちゃん。来てくれた。良かったあ……てっきり、もう来てくれないんじゃないかって……」

その笑顔から涙が溢れ落ちる。その体はカタカタと小刻みに震えてる。
見ていれられなくなった青峰はそんな桃井の体を抱き締めた。まるで氷のように冷たくなっているその体が、長い時間この場所で待っていたことを証明しているような。

「……お前、マジでアホだろ」

こんな所でずっと待っていた彼女に思わず悪態をつくも、彼女は「アホでもいいの。大ちゃんが来てくれたから」と背中に腕を回した。

「……何で、家に直接来ねえんだよ」
「だって、行くのも気まずかったし」
「……帰れば良かっただろ」
「私、どうしても今日中にプレゼントを渡したかったの。んでちゃんと仲直りしたかった」
「……あの女の告白は、断った」
「うん、知ってる。酷い振り方をしたって噂になってた」
「……俺は、隣にいるのはお前以外居ねぇと思ってら。だから、不安になるな」

そう溢すとぎゅうっと抱き締める腕が強くなって。桃井は窮屈に感じつつも、ふふっ笑いながら、それを受け入れる。

「好きだ」

その一言を今更だと感じる私は、彼を好きだと認めていいのだろうか。
触れるだけのキスがとても熱く感じるのは、自分の冷えた体のせいだと言い聞かせる桃井だった。

くちびるに蜜
(付かず離れずの二人に祝福を)

(あ、大ちゃんクリスマスプレゼント買った?!)
(あー、まあ。買ったけど)
(じゃあ帰ってから交換ね)
(はいはい。本当好きだよな、こういうの)

end

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