※ネタバレ有り
「どうだった?」
ノナタワーの地下から戻った私たちを迎えたのは、六合塚さんの、そんな言葉だった。
六合塚さんはいつもクールだから分かりにくいけど、多分、誰よりも滕君を心配していたから。
「あの空間から、何の痕跡も残さずに消えるのは不可能だ」
狡噛さんが、先程私に言ったのと同じことを、皆に聞こえるように告げる。
「そもそも俺は、滕がそうやって逃げるような男だとは思っていないが」
言いながら、狡噛さんは、ディスプレイを見たままの宜野座さんを一瞥した。
「あたしだってそうよ。そんなことを訊いているんじゃないわ」
六合塚さんが、少しむっとしたような声で言った。
やれやれ、といったふうに小さく溜め息を吐く狡噛さん。それに気づいたらしい六合塚さんが、整った眉を更に吊り上げたのが見えたので、私は慌てて口を開いた。
「だ、だから、自分から逃げたという可能性は低い……と思います」
宜野座さんが、一瞬こちらを睨んだような気がした。怖い。
「もしかしたら、拉致されたとか」
「死体が残らないような殺され方をしたとか、な」
がしゃんっ。
大きな音がした。
六合塚さんが、デスク――タブレットかも――を思いきり叩いた音のようだ。
六合塚さんはすっと立ち上がり、狡噛さんを睨みつけて、声を荒げた。
「馬鹿言わないで!」
普段とは全く違った様子の同僚に、皆が大なり小なり驚いているようだった。
「滕が死んだ!?馬鹿なこと言わないでよ!」
「じゃあ逃げたって言うのか?」
「そう思いたくは無いわ!けど」
六合塚さんは、そこで言葉を切った。
それから、は、と一度息を吐き、何度かゆっくり呼吸を繰り返す。少し落ち着いてから、口を開いた。
「……死んだなんて。それこそ、考えたく無い」
室内に沈黙が降りた。
六合塚さんは俯いている。薄い紅が引かれた唇が、強く噛み締められているのが見える。
そっと狡噛さんを窺うと、辛そうな、怒りを堪えているような、複雑な表情をしていた。
「……ごめんなさい。取り乱してしまったわ」
呟いて、宜野座さんの方を向く六合塚さん。
一瞬、気のせいかもしれないけど、宜野座さんの表情が強張った。
「少し外します」
「ああ」
宜野座さんの返事を聞くか聞かないかのうちに、六合塚さんは私の横を通って出て行った。
その横顔は、悲しそうに、不安そうに、歪んでいた。
ただ、そう信じたいだけ
(予感はしてる、けど)