「何よそれ?暗号?」

凪の愛しの嫁・桐子の第一声はそれだった。

「だよねー……。お前が知ってるわけ無いか」
「どういう意味よ?」
「そういう意味だよ」

桐子は馬鹿では無いが、博識というわけでも無い。無論、凪自身も、そうだ。
そんな二人が知恵を絞ったところで、風の持つ知識には適わないのである。

「実は嵐の方が、お前より頭良いんじゃねえの?ああ見えて」
「……否定は、出来ないけど。でも、だからって、訊けないじゃない」

事の顛末は、全て説明してある。桐子も、風と嵐の関係について心配していた――もとい、好奇心から気にしていたので、こうして凪の話を聞いているのだ。

「それにしても……それだけじゃ、全然分からないわね」
「あの野郎、こんなことまでなぞなぞ仕立てにする必要ねえだろ」

うむむ、唸る夫婦。
このまま迷宮入りかと思われた、そのとき、妻が閃いた。

「ねえ、凪」
「んー?」
「風、『調べろ』って言ったのよね?」
「ああ」
「ってことはさ、調べれば分かるんじゃないの?」

一見、的を射た発見であった。しかし、長年一緒に育ってきた凪には、兄がそう簡単な謎を出すとは思えなかった。

「そうか〜?」
「そうよ!だって、風よ?あいつが私たちの頭脳を計算に入れないで、難問を出すと思う?」
「……なるほど」

凪が納得し、桐子は得意気に頷く。

「さ、早いとこ調べちゃいましょ。パソコン、持って来てよ」
「俺、持ってなーい」
「……じゃあケータイ」
「修理中ー」

じろりと夫を睨みつけ、桐子は自分の携帯電話を取り出す。
インターネットに接続し、例の暗号を入力する。

「どうだ?」
「ちょっと待って……あ、出た出た」

画面を下げて見ていくうちに、ある単語に目が止まった。検索結果のトップに揃って並ぶ、同じワード。

「……百人一首?」
「百人一首って、あの、かるたの?」
「うん、多分。『つくばねの』で始まる和歌が有るみたい」

適当なページにアクセスしてみる。凪が肩口から覗きこんできた。

「えーっと……陽成院っていう天皇が詠んだ、恋歌みたい」
「全文は?」
「えっと、これかな?」

小さな画面に、三十一文字が映し出される。

〈つくばねのみねよりおつるみなのがはこひぞつもりてふちとなりぬる〉

勿論、二人に意味が分かるはずなど無く。

「……訳、探せ」
「……分かってるわよ」

探すまでも無く、親切なことに、和歌のすぐ下に訳が載っていた。
二人で訳を眺め、じっくり解釈をする。それが済んだ辺りで、夫婦は顔を見合わせた。

「……これって、つまり、さ」
「……ああ。地名とか取っ払って訳すと」

突然、ばたん、と大きな音を立てて、部屋の扉が開かれた。

「桐子、見て!」

噂をすれば、である。吉次を抱いた嵐だった。
何故か後ろめたいことをしているような気分になり、桐子は慌てて接続を切り、携帯電話を閉じた。

「さっき買って来たワンピース、早速着てみたの!どう?似合う?」

くるりとターンすると、控えめなフリルの付いた裾がふわりと広がる。爽やかなペパーミントグリーンのワンピースだった。

「あれ、珍しいな。嵐がそんな色を着るなんて。いつも花柄とかピンクとかなのに」

心中の驚きはおくびにも出さず、凪が笑顔で問いかける。
それを聞いて、嵐は嬉しそうに笑い、吉次を優しく撫でた。黒猫は幸せそうに目を細める。

「なんだか、風さまを連想させる色でしょ?だから思わず買っちゃった」

嵐の様子を見て、桐子もまた顔を綻ばせる。
しかし、次の凪の言葉で、その表情は凍りついた。

「嵐さ、『つくばねの』っていう和歌、知ってたりする?」

馬鹿、と桐子が制止する前に、嵐が頷いた。

「ええ、知ってるわよ。百人一首でしょ?」
「流石。意味は?」
「覚えてるわよ。私、その歌好きだもの」

まさか、当事者の口から意味を言わせるつもりか。気づきはしたものの、桐子は黙っていた。嵐に、風の気持ちだということが知れなければ良いのだから。

「なんで、そんなこと訊くの?急に」
「なんとなくだよ。意味、教えてくれ」
「別に、いいけど……」

怪訝そうな顔をしていたものの、嵐は、一つ咳払いをして口を開いた。

「まあ、簡潔に言うとね。微かな恋心が積もり積もって、今はとても深く愛しているよ。……ってところかしら」

何も知らず、少し自慢気に語る嵐。
それを見た夫婦は二人、こっそり微笑み合った。

こひぞつもりて

(今となっては)
(深い愛です)


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