※21世紀パロです

見知らぬ女性を夢に見ることが有った。
夢に出る人間は、絶対に見たことの有る人間なのだという。しかし僕は、その女性に現実で出会ったことなど無い。
恐らく平安時代か鎌倉時代前期にかけての高貴な人なのだろう。
黒くてゆったりとした長い髪。十二単からちらりと覗く白い指先。優しく垂れ目がちな目元。とても、上品で優美だ。
夢の中で彼女はいつも、悲しそうに微笑んでいる。そして、決まって、言う。

「定家」

僕の名を呼ぶその声は、穏やかで美しい。

「逢いたいわ。定家」

そんなことを言われても、僕は貴女を知らない。
そう心に思うと、女性は泣きそうににっこり笑う。
そこで目が醒める。
そのとき僕は、まず彼女が纏っていた良い匂いを感じる。有り得ないことだが、残り香が鼻孔をくすぐるのだ。
それから、自分が泣いていることに気づく。何故か、胸が潰れそうな程に、悲しい気持ちになっている。
少なくとも、すっきりした目覚めではない。

僕は和歌が好きだ。
高校の古典の授業は受験向けだから、和歌については必要最低限のことしか教わらない。
しかし僕のクラスに教えに来る先生は、和歌好きらしかった。
毎回、授業の最初の五分から十分、教科書の和歌のページを開かせる。そして一つ一つについて情感たっぷりに語るのだ。

「私は清少納言の和歌が好きなんだ。彼女は和歌を詠むのが苦手なんだよ。これだけ利発で自信家な彼女にも、苦手なことがある」

先生はいつも、まるで実際に見ているかのように、歌人について話をする。過去形をほとんど使わない。不思議な人だ。
清少納言を少々熱っぽく説明する先生の言葉を聞く僕の目に、教科書のとある人物名が入ってきた。
藤原定家。
僕と同名の歌人。
百人一首にも採られた彼の和歌の情景は、不思議とあっさりと想像できる――気がした。

帰りに母に花を買ってくるように言われ、普段は絶対に寄らないような花屋に来た。
家の中に飾るらしいのだが……僕には、花の美は解らない。
なんとなく、手近に有った花を手に取った。鮮やかなピンク色だ。

「フク、シア」

札に書かれた花の名前を小さな声で読み上げる。
しかしまさか、鉢植えを買って帰るわけにはいかないだろう。……いや、案外大丈夫だろうか。花瓶に差すとは言われていないし。
ひねくれ者と怒られそうだが、臨むところだ。この花にしよう。
レジに向かおうと振り返ったそのときだった。

「きゃっ」
「うわっ」

女性にぶつかりそうになった。

「ごっ、ごめんなさい!大丈夫です、か……?」

彼女の顔を見て、僕の謝罪は尻すぼみになった。
似ている。というか、そのままだ。僕が夢で見る女性と。

「こちらこそすみません。……あら?」

上品に微笑み、女性は首を傾げた。桜色の唇が開かれた。

「どこかで会ったことが有るかしら」

フューシャ・ピンクは蘇る

(刹那、僕の世界は)
(鮮やかに色づき始める)

※フューシャ=フクシアの花言葉:信じた愛


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