遅い。
夏祭りの喧騒から少し外れた、露店が並ぶ道への入り口で、相田リコは苛々を募らせていた。
腕時計に何度も目を遣り、待ち合わせ時間が過ぎていることを確認する。

「……何やってんのよ、まったく」

不満を小さく声に出しても、苛々が発散されることは無い。

(お洒落して来たのに)

活動的な服装が多いリコだったが、今日は赤い浴衣を着ていた。浴衣に合わせ、赤い鼻緒の下駄を履き、髪には花飾りの付いたヘアピンを挿している。
帰ろうか、と考え始めたときだった。

「リコ!」

待ち望んでいた声が聞こえた。

「鉄平!」
「ごめんごめん」

小走りで駆けてきた木吉鉄平は、ねずみ色の甚平に下駄を履いていた。
いつもと違う装いに胸をときめかせながら、リコはしっかりと文句を吐く。

「遅い!連絡くらいしなさいよ!」
「悪かったって」

謝る気が無いのか、木吉は軽く、謝罪の言葉を口にした。視線は、リコの顔にすら合っていない。
それに、リコの怒りの炎は煽られる。

「ちょっと!謝るならちゃんと」
「リコ」

木吉の大きな手が、リコの頬に優しく触れた。

「可愛いな」

リコの顔が朱に染まる。叱咤は喉から出て来なかった。

「お詫びに色々奢るよ。じゃ、行こう」

言うなり、木吉は、硬直したままのリコの手を取り、しっかりと握った。
もうリコの中に、怒りという感情は存在していなかった。

ずるいひと

(大きな手は私の手と)
(心までも温かく包み込む)


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