「だーいちゃんっ!」
少し先を歩く見慣れた背中を見つけ、桃井は駆け寄り思いきり両手で押した。
勿論、それはびくともしない。代わりに、不機嫌そうな青い瞳が振り向いた。
「……痛えよ、さつき」
今日は随分と機嫌が悪い。長い付き合いなので、それくらい把握するのは朝飯前だ。
気にせず、桃井はかねてよりの作戦を実行した。
「ねえ、大ちゃん。私、ずっと言いたかったことが有るの」
「あー?」
心の内でほくそ笑み、口を開く。
「私、昔からずっと、大ちゃんのことが好きなの!」
絶句するか。それとも、真っ赤になって慌てるか。
幼なじみの様々な表情を想像しながら、反応を待つ。
しかし青峰は、何も言わなかった。
予想したどの顔とも違う、呆れ顔で桃井を見下ろしている。
「あれ……?」
戸惑う桃井に一つ溜め息を吐いた青峰は、その顔の前にびしっと人差し指を突き出した。
「エイプリルフールは失敗だ。残念だったな」
「ええー。大ちゃんは引っ掛かってくれると思ってたのに」
桃井はがっくりとうなだれる。
それを見て、青峰は得意気に笑った。
「今日は朝からいろんな奴に騙されまくったからな」
「大ちゃん、素直なんだもん」
うるせえ、と悪態を吐き、青峰は朝からの出来事を語り始めた。
トップバッターは相棒、黒子であった。
「青峰君、もう君にパスは回せません」
あの抑揚の無い声で言われれば、嫌でも真実味が出てくる。案の定、青峰は泣きそうに焦った。
その後ネタばらしした黒子の顔は、それは爽やかな笑顔だったという。
次に、午前の練習が終わり解散後、赤司に一人残されて、告げられた。
「お前は午後から二軍だ」
真っ直ぐこちらの眼を見据えられ、嘘だなどと思えない迫力だった。
絶望する青峰にあっさりネタばらしをし、赤司はやはり爽やかに笑った。
そして午後の練習。ここからは嘘のクオリティががくっと下がった。
「峰ちんお菓子あげる〜。嘘〜。あげな〜い」
「あ、青峰っち!さ、さっき俺UFO見たんスよ!」
「お前の今日の運勢は最悪なのだよ!」
紫原は見破りやすかった。彼が簡単に菓子を他人にやるかと言えば、答えはノーである。
黄瀬は最初からそわそわしており、緑間に至っては何がしたいのかすら解らなかった。
「……大変、だったね」
「まあな。今日だけで大分性格変わったよ、俺」
「あはは」
青峰は大きく息を吐き、足を速めて、桃井の数メートル前に位置取る。
その背中をぼんやりと見ながら、桃井は問いかけた。
「大ちゃんは、嘘つかなかったの?」
「あー……」
低く唸り、青峰は立ち止まり、顔だけ振り向いた。それに合わせて、桃井も足を止める。
「俺、お前嫌い」
「えっ!?」
驚き固まる桃井に、してやったりと笑い、青峰はまた歩きだした。
「嘘」
もう、と呟いて一歩踏みだし、桃井はまたぴたりとその足を止めた。
(『嫌い』が嘘?)
一瞬、その反対語が頭を掠めた。
(まさか、ね)
しかしそんなはずは無いと笑い飛ばし、桃井は幼なじみに駆け寄った。
二つ並んだ影が、夕日の中に長く伸びていた。
うそつきは恋のはじまり
(かもしれない)