Clap



拍手お礼(桜庭春人-A)




ふと意識を取り戻したとき、俺は自分がどこにいるのか理解するまで少し時間がかかった。
ベッドにしては首が痛いし、教室にしては静かだ。
バスで座っているような体制だが、揺れがない。
遠くでモゴモゴと人がマイクを通して話している声がする。
そこでようやく学年集会の真っ最中だったことを思い出す。
起きなきゃなぁ、と思ったけど先生が起こしに来る気配はなく。
俺はまどろみが気持ちよくて、そのまま目を閉じていた。

「あ、あの…」

とんでもなく近い場所からか細い声がした。
ぼんやりした俺の頭が弛く回転を始める。
女子の声だ。俺はこの声を知っている。
声は左側から聞こえた。俺は座ったまま左側に寄りかかっている。
寄りかかってる?

何に?

一瞬にして頭が覚めた。
そうか、俺はあの子に寄りかかっているのか。


あの子、というのは隣のクラスの女の子のことだ。
話したことはなく、名前すら知らない。
けれど俺は彼女のことを知っている。
以前モデルをやっていた頃に、ファンの子達が踏み荒らしていった花壇を彼女が手入れしている場面に出くわした。
手を土で汚しながら懸命に世話をする姿がなぜか忘れられなかった。
多分、一目惚れだったんだと思う。
その時から俺は彼女をたまに見かけては密かに喜んでいた。
その程度の『関係』とすら言えない関係だから、きっとこの子は俺のことを知らない。
でも座席の都合上、集会の時だけは隣に座ることができる。
このただの偶然に俺は毎月感謝していた。

彼女を意識すると、左の肩口からふわりといい香りがした。
俺は急にどきどきしてしまった。
シャンプーの香りだろうか、思わず顔を埋めたくなる。
………まるで変態みたいだ。
うっすら目を開ける。
自分の足と自分のものではない小さな靴が見える。
視界の端には細い手も映っている。
困ったようにもじもじ指先を動かしていた。
それは、困るだろうなぁ。これだけ大きい男子に寄りかかられたら。アメフト部だから鍛えてるし。
それも名前も分からないような男子に。
眠気もとっくに吹き飛んでいた俺は、座り直すべく体を引こうとした。

「さくらば、くん?」

引こうとして、やめた。
名前を呼ばれた、らしい、彼女から。
消え入りそうな小さな小さな声だったけど、間違いなく自分の名前だった。

―――知ってたんだ。

俺は顔が熱くなった。手のひらに汗がにじむ。
嬉しさと恥ずかしさで心が跳ねた。
名前を呼ばれるだけでこんなに喜ぶのか。
自分の単純さに少し呆れた。
起きていたことを悟られたくなくて、再び目を強く閉じる。
寄りかかっている小さな肩が、先程より存在感を強めている気がする。

「あの、桜庭くん!」

今度はしっかり呼ばれた。
これは本当に起きなければ、彼女が困ってしまうだろう。
起きるか。
名残惜しいけど。
でも今起きて、俺は普通の顔ができるだろうか。
もうこのまま寝たフリを続けて、彼女を堪能した方が平和なんじゃないか。
悪魔が囁く。

葛藤。

よし、もう一度目を開けて、それから考えよう。
俺は薄く目蓋を持ち上げた。

「あ…」

目があった気がした。
俺は固まった。
彼女は小さく声を出して口元を押さえている。
あ、気のせいじゃないな。これは目があっている。
すぐに顔を伏せてしまったから彼女の表情は見えない。
でも髪の間から少し覗いている耳が真っ赤になっていた。
俺はもう、ますます動けなくなってしまって、それでも心臓だけは動き回っていた。
ばくばくどくどくと血が走っていてうるさい。
そのうるささを縫って壇上での教師の声が聞こえる。
朗々と続いていてどうやら終わる気配はみられない。
身体を彼女に寄せたまま、目はどこを見ればいいのか分からず泳がせたまま、俺は完全に固まっていた。
ただ、今日のこの時間が過ぎるのを、息を殺して待つしかできなかった。


ああ、どうしたらいいんだろう。







彼女side






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