教室






「はいっ、ギリギリセーフ!」

「アウトだバカヤロー。なんで早起きしたのに遅刻するんだおめーは」





戸を開けた途端、天然パーマで死んだ魚の目をした我が担任に鋭くつっこまれた。私以上に遅刻常習犯のこの教師はどうやら今日に限って遅刻しなかったらしい。珍しい事もあるもんだ。

「えー」と私がぶうたれていると一緒に遅刻した隣の土方くんは呆れかえった顔で教室の中へ入っていった。

いいじゃん、別に。土方くんの態度に更にふてくされながら窓際の自分の席に座った。

隣の席は神威だが今は欠席しているので空いている。毎朝こうなのでけして誰も突っ込まない。というかここら一帯をしめる不良の彼を恐れて避けているという感じだ。




やっぱ理不尽だよなぁ。や、神威だから通るんだけどさ。こういうのは。





「おい、神威は」

「いつも通りですよ」





肩を竦める。別に奴の事は知った事ではないので私も特に注意はしない。





「お前今度からアイツ起こしに行ってやれ」

「………はあ?」





そんな事を考えていたら先生が急にぶっ飛んだ発言をしたので思わず声を上げてしまった。

いや、普通に考えればそれは教師として当たり前だ。けど、この人が教師らしい事言うなんて本当珍しい。




「なんでそんな事しなきゃいけないんですか」

「アイツこれ以上欠席すると出席日数がやべーんだよ。だから」

「先生が自分で行けばいいじゃないですか」

「…おま、本気で言ってんのか」





先生が若干顔を青くして仰け反った。

あー、先生貧弱そうだしなぁ。神威なら一発か。

致命傷の一発を食らう変わり果てた先生の姿を想像しながら私はううん、と唸った。不良って厄介だ。





「立ち直らせないと減給だって校長から言われてんだ。お前不良仲間だろ、楽勝だろ」

「誰が不良仲間ですか誰が。私はとっくの昔に引退しましたぁー」



楽勝は否定しねーのか、と銀八は心中で小さく突っ込む。



「一昨年まで不良だっただろうが」

「五月蠅い」





人の過去いちいち引きずり出すな。べぇっと舌を出すとはぁ、と先生はため息をつく。




「アイツを相手に出来んのはお前だけなんだよ。分かんだろ?」

「……仕方ないですね、昼ご飯一週間分で手を打ちます」

「………人の足下見やがって。俺の月給がいくらだと思ってんだ」

「知るか」





その後も先生はぶつくさ言っていたが渋々了承。ぐだぐだ喋ってた所為で時間も迫っていたのでちゃっちゃと出席確認を済ませ、HRは終わった。





***




「あのー、伊東くん?」

「…君か。なんだ」




HRの終わった後、あることに気づいた私は前の席の伊東くんに恐る恐る声をかけた。

彼を簡単に紹介すると、成績は常にトップクラスの優等生、おまけに風紀委員で顔もよく、運動も得意ときてる。剣道部でも活躍し、密かに女子にも人気があるのだがまあそれはそれとして。




「日本史のプリント、やって来た?」

「…ああ」

「じゃあちょっとでいいから写」

「駄目だ」





後生の頼みをピシャリと突っぱねられた。やっぱり…と思ったが此処で引き下がる訳にはいかない。

何故なら、優等生な伊東君はこのクラスでは珍しくきっちり宿題をやって来ていてなおかつ正解率が高い。そして日本史が出来るのはこの中で伊東君だけである。

しかし理由はそれだけでなく…




「今度宿題忘れてきたら服部先生に1日パシリにさせるって言われてるんだよっ。痔の薬買いに行かされるっ、助けて!!」

「自業自得だろう。どうしても嫌なら休み時間を潰しても頑張るしかない」

「うー…」




真面目な伊東君のにべもない言葉に唸った。今からじゃあ、どう考えても間に合わない。はぁ、とため息をつく。




「仕方ない、土方くんに見せてもらおう」





土方くんは日本史があまり得意でなかった筈だが、仕方ない。昼ご飯の事といいなんか世話になりっぱなしだなとか思いながらその場を離れようとすると「待て、伊吹君」と肩をがしりと捕まれた。




「……な、なに」

「何故土方君をそこで頼る」

「…え、何故って言われても……」




土方君が一番気心が知れていて、なおかつキチンと宿題もやってくる真面目君だからなんだけれど。

あでもそれなら山崎君や新八君でもいいのかな。すんなりオーケーしてくれそうだし。

土方君は何か小言が帰ってくるからなぁ。そうだ、これからはあの二人に借りよう、なんて考えていたら伊東君は続けてこう言った。




「あんな奴より僕の方がずっと出来てる」

「…はぁ」




それは分かるけど(事実、土方君より伊東君の方が成績はいい)なんだいきなりこの人。

私は困惑して頭を掻いた。伊東君は他のクラスメートと違っていまいち扱いにくい。

すると伊東が一枚のプリントを差し出した。日本史の宿題だ。まさに、私が欲していたブツである。




「わっ、くれるの?」

「早く返してくれると助かる」

「勿論だよ!」




ああ、良かった。これでパシリは逃れられる。…でも何故いきなり気が変わったんだろう。




「国語や英語も奴よりは得意なつもりだ」

「…え?あ、ああ」




また土方君の事か。なんだろう、目の敵にしてるっぽいけど。




「だからそれで困った時はまた来るといい」





きょとん、として目を瞬かせる。だけどすぐに顔がにやついて思わず笑顔になった。




「ありがとう!じゃ、その時はまたお願いするね」




私がそう言って笑うと何故か伊東君はかあっと顔を赤くしてぷいとそっぽを向いた。

その様子に首を傾げて「どうしたの」と声をかけるとなんでもない、とぶっきらぼうに返された。

…なんなのだろう。やっぱり私には伊東君の事がいまいち分からない。










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