目覚め







AM 6:30





ピピピピピ…





がしゃんっ





「んー…」





けたたましく鳴るアラームが不吉な音と共に沈黙し、それに構わずまた寝返りを打つ。(どうせ百均のだし)

そしてまた心地よく夢の世界へ落ちていこうとする私を誰かが揺さぶった。起きろとか遅刻するとか言うその人物に曖昧に返事しつつまた布団に潜り込むと今度はガツン!と頭に衝撃が来た。「ぎゃっ!?」と乙女らしからぬ悲鳴を上げ思わず飛び起きる。





「お、やっと起きたアルか」

「……」





手刀を掲げている我がルームメイトの顔が目に飛び込んで来る。目のくりっとした可愛いお団子娘。外国からの留学生、神楽ちゃんだ。

この子は素でとんでもない力を持っているもんだから、本人にとっては軽いチョップでも私にとっちゃ軽いたんこぶができたんじゃないかと思う位痛い。

丈夫な私でもこうなんだから常人ならたまったもんじゃないだろうな、などと思いながらがしがしと乱暴に頭を掻いた。





「もうちょっと加減してよ神楽ちゃん…」

「ここで起こさなかったらまた遅刻して困るのはお前ネ。それに銀八から報酬の酢昆布が貰えなくなるアル」





ごもっともで。最後の部分が本音のような気もするが内心で平伏しながらもぞもぞとベッドから這い出る。

此処銀魂高校は学費がやっすい割に寮の部屋はそれなりに広い。昔Z組の生徒が学校関係者を脅して無理矢理改築させただとか言う話がある位で、ただそれにしては女子寮と男子寮が分けられていない等所々不備があったりする。

まぁここの女子は易々と男に襲われる様な事はないのでそんなものは不備の内には入らない。





「お妙さァァん!!おはようござい」

「おらァァァァ!!」





ふいに何かが叩きつけられる様な激しい物音がした。隣の妙ちゃんの部屋だ。またあの人かと思いつつしゃこしゃこと歯を磨く。

しばらく何か呻き声の様な物が聞こえていたが、すぐにそれは沈黙し何事もなかったかのように静けさが戻る。

近藤くんも懲りないなァ、それを毎回半殺しにする妙ちゃんもどうかと思うが、などと思いながら洗顔と歯磨きを終えた私は、神楽ちゃんと共に朝ご飯を食べに部屋を出る。





今日は何を食べるとか昨日の銀八の授業は相変わらず眠かったとかたわいもない事をだらだら歩きながらしゃべっていると、食堂の前辺りでもう一人の留学生にばったりでくわした。





「…あ」

「おはよう亜矢。今日はちょっと早いね」





にこりと朝からさわやかな笑顔で彼は笑った。

神楽ちゃんの兄、神威だ。
丸い碧眼と橙色の髪や可愛い顔立ち、二人が同じ遺伝子が組み込まれているのは一目瞭然である。

まぁ、それはつまりこいつも顔は整っていると言う事で、その顔にその笑顔はぴったりと来るくらい似合っているのがまた憎らしい。





「どうしたの?朝っぱらからぶすっとして」

「煩いな、何もないよ」





神威の言葉を一蹴しさっさと食堂へ入る。神楽ちゃんとこいつは犬猿の中なので留まっていたら乱闘が始まりかねない。案の定後ろで神楽ちゃんがあっかんべーをしていた。





「待てよ」





がしりと腕を掴まれた。逃亡失敗。苛立ちながらため息をつきなんなんだと相手を見ればやはりいつものニコニコ顔。あーあ、いつも思うけどやだなこの笑顔。





「朝飯奢って。あまり仕事入んなくて金がないんだよね」

「知らんわ。てゆーかあんたの食費を賄える位金が入る事自体おかしいだろ」

「ふざけんなよバカ兄貴。亜矢は私と一緒に食べるネ。お前は隅っこで一人寂しく酢昆布でも食うがヨロシ」





黙って半眼で兄貴を睨んでいた神楽ちゃんがとうとう口を出した。

ああ、始まった。頭を抱える私を余所に神威の顔はくるりと神楽ちゃんの方を向く。





「俺はそんな貧相なもの食わないよ。お前と一緒にするな」

「亜矢の手を放すネ」

「嫌だね」

「いぃっ!?」





急に腕が物凄い力で圧迫される。

ミシミシと骨が悲鳴を上げる。痛い。さっきの比じゃない。しかしこの程度の事は慣れている私は慌てずに神威をギッと睨めつけた。





「放せ」

「嫌だ」





あっさり拒否。…いや分かってたけどさ。





「いい加減にしてよ、あんたに飯奢れる程私の懐は深くないよ。」

「亜矢、そんなのと一緒にご飯なんて食べたらバカが移ってしまうヨ。こっちに来るアル!!」

「いいぃ!?」





今度は左腕を掴まれる。神威に負けず劣らずの力で、だ。勿論痛みは半端ない。





「ちょっ、神楽ちゃん!?」


「バカはお前だろ」

「お前よりはマシアル」

「煩いな、さっさと離せよ」

「お前が離せヨ」

「……」





沈黙。両者ともにらみ合いながら、ほぼ同時に私の手を放した。






轟音。





すぐさま二人はまるで漫画みたいな戦いを繰り広げ始めた。





「…………」





私は暫くぼうっとそれを見つめていたが、騒動に慣れた私の頭は素直に眠気を訴え、おまけにふぁあと間抜けたあくびを漏らした。



もう、いいや。この二人はほっといても。



……さて、今の内に朝飯を済まそうか。



私は二人の目につかないようにそそくさとその場から退散した。




**





「あら亜矢ちゃん」

「あ、おはよう妙ちゃん」





和定食を抱えながら席を探していると既に座ってご飯を食べている妙ちゃんに声をかけられた。





「良かったらここ座らない?」

「うん、ありがと」





頷いて妙ちゃんの指した隣の席に座る。

先程の近藤くんの件で苛立っているかとどきどきしたがそうでもないみたいで、ほっとした。きっと切り替えが早いんだな、この人の事だから。





「神楽ちゃんはどうしたの?」

「バカ兄貴と喧嘩してるよ」

「まあ」





ぶすっと答えるとくすくすと笑われたので首を傾げると妙ちゃんは言った。





「よっぽど仲がいいのね」

「…ああ、確かに何だかんだで仲良しだよね。あの二人」


「じゃなくて亜矢ちゃんと神威くんよ」


「………はい?」






目を丸くする私に妙ちゃんは微笑みかける。菩薩の様に穏和で綺麗な笑顔に一瞬くらっとしたが(近藤くんが惚れたのも分かる気がする)、慌てて首を振った。





「なんでそうなるのよ、さっきだってあいつ私にご飯たかりに来たんだよ?」

「そうなの?」

「そうだよ。私が頭抱えるのを楽しんでるんだきっと」





後半はほぼ独り言で、またイライラしたついでにご飯をがっついた。まだ妙ちゃんがニコニコしているのが何となく気にくわなかったがとりあえずご飯に集中する事にする。





「そういえば伊吹ちゃんっていつもその定食よね?」

「……うん、まぁそうだけど」





ふいに話題を変えた妙ちゃんにごくんと口の中の物を飲み込んでからそう答えた。

前に妙ちゃんの前で食べながら喋ったら、殺されるんじゃないかという目で睨まれたので(笑顔なのに)それからの私は何となく行儀がいい。





「だめよ、そんなんじゃ栄養が偏るでしょう」

「そうかな?」





時々妙ちゃんはお母さんみたいだな、と思う。弟がいるせいか年下の子とかにも面倒見がいいし。





「そうだわ!今度私がお弁当作るから、亜矢ちゃん食べてみない?」

「………え?」





ニコニコと笑顔で提案され(なんかデジャヴ)、一瞬思考が停止し危うくつまんだ塩鮭を落としそうになった。





「そうよ!寮生活じゃなかなか料理作れなくて困ってたし、ちょうどいいわ。久しぶりに腕を振るうから期待しててね?」


「で、で、でも悪いしいいよ!」


「遠慮しないで。年頃の女の子なんだからしっかりした物食べなきゃだめよ」





思わず顔が引きつった。

気持ちは嬉しいのだが妙ちゃんは殺人的に料理が下手なのだ。この間も近藤くんがこっそり妙ちゃんの作った卵焼きを食べて保健室に搬送されていた。

言い訳を探し、とっさに思いついた名前を慌てて口にした。





「そ、それより新八くんに作ってあげなよ!姉さんのご飯が恋しいってこの間嘆いてたよ?」


「本当?それなら新ちゃんの分も作ってあげないとね」





姉としての責任を感じてか、少し悲しそうに眉を下げた妙ちゃんを見て罪悪感が押し寄せた。ごめん、新八くん、妙ちゃん。

しかし「も」と言う事は私も食べなきゃいけないんだろうか…

ぶるぶると頭を振った。やめたやめた。考えても無駄な事は考えないに限る。





「じゃあ私はお暇するわ。そろそろ用意しないと」


「……あ、そうだね」





最後の一口を飲み込み、ちらっと時計を見る。

帰ってゆっくり支度すれば丁度ぐらいかな。





「亜矢」

「…あれ、終わったんだ」





食器を返却口へ置いていると横から神威が歩いてきた。神楽ちゃんは見た所いない様だ。





「アイツなら沖田と喧嘩してるよ」

「あー、そう…」





相変わらずこの学校は喧嘩が絶えないな、とため息をついていると神威は私ににこりと笑いかけた。(あれ、なんか嫌な予感)





「で、話逸れたけど朝飯奢ってくれるんだよね」




断定かよ。




「そんな事一言も言ってませんが」

「くれるよね?」





人の話なんて聞いちゃいない。再びにっこりと笑いかけられて、私はげんなりとした。

あーあ……だからこいつの笑顔は嫌なんだ。(朝のまったりタイムはパーだな)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -