そんなに辛いならやめればいいのに。


仕事が終わって疲れてる時に、電話で浮気癖のある彼女のグチを延々と聞かされてると誰しもそう言いたくなるだろう。何回も別れる、別れると言って気がつけばまたくっついてるので言わばそれはカップルにとって一種のイベントらしいことがようやく私にもわかった。


「きいてんの美咲ぃ」
「聞いてる聞いてる」



せめて疲れを吹っ飛ばそうと冷えたビールを取り出してプルタブをあげた。プシュ、と炭酸のはじける音が響く。




「あ、いいな飲んでんの?じゃあ俺も」
「一杯にしときなよ」




へへ、と向こうから笑い声。一杯ですまないなこれは、とため息をついてビールを一口飲む。ああ、しみる。



「……で、さぁ……」
「柚衣ちゃんが他の男と連絡とってて問いつめたら、うざいって言われたとこまで聞いた」
「ちっがう!」




沈黙が長いので内容忘れたのかと思ったがそう声を張り上げられた。なんだと黙ったら向こうも黙ったのでその間に私はまたビールを飲む。




「いっつも俺、グチってるばっかじゃん」
「自覚してたんだ」
「……美咲の話聞いたことないなって」




思って、と小声。私の話?ぽかんとして若干アルコールの入った頭で思い巡らせる。



「中学ん時告白されたから付き合ったら浮気されて別れてー、高校ん時池森に帰り家まで送ってもらってキスされたけど、懲りてたから付き合えないって言ったら次の日気まずくなってー」
「え、あのイケメン池森!?」
「よく覚えてんね」



また向こうが黙ったので続ける。



「あと大学のコンパでなんとなく一緒になった人とも付き合ったけど、卒業して自然消滅したかなぁ」
「…………美咲ってさ」
「何?」
「本気で恋したことないの?」





からん、と電話の向こうで音がした。もう一本飲み干したらしい。一本でもう酔ってるのかと首を傾げる。




「恋愛?」
「そ」





よくは分からないが考えてみた。本気、か。それは今話してる男のように必死になって相手に思いを向けてることを言うのだろうか。




「ないかな?」





そもそも恋愛自体面倒だ。とそれしか思えなかった私には。





「……あれか、美咲なまじモテるからなぁ」
「否定はしない」
「嫌味か」




ケラケラと笑ってまた一口。昔から女運のない逸樹君はため息混じりに言ってまた缶を開けた。




「悔しかったら幸せになってみたら」
「それができたら苦労してないってーの……」
「そう?潔くなれば意外と簡単じゃないの」




女々しいからつけ込まれるんだ。とこれは再三言ってきたことだから言わない。


「……お前にしとけば良かったかも」
「ほう、今更私の魅力に気づいたか」
「俺お前のこと本気で好きだった時あるんだよ」



思考が一瞬だけ止まった。

――だけど本当一瞬だけで私はすぐに缶を手にしてビールをグビグビ飲んでいた。



「はー……そうなんだ?」



意外、でもないか?



「でもお前が男とキスしてる所見てさぁ」




あー畜生池森め、と逸樹が毒づいた。あ、そういや高校の時何時になくやたら落ち込んでたことがあったような。それはもう今まで見たことのない勢いで。

理由は教えてくれなかったが、そう言う事だったのかと今になって合点がいった。




「美咲」
「はーい?」
「俺と付き合って」




いつになく真剣な声。

ちょっと黙ってみた。……二秒経ってもなーんちゃって♪とは逸樹は言わなかった。




「イヤだ」
「え、即答!?」
「あんたと付き合うの今までで一番めんどくさそう」



なんだよそれー、と嘆く彼に思わずぷっと吹き出した。




「そうだねー。柚衣ちゃんと一年、別れたままか付き合ったままを保てたら考えてもいい」
「言ったな!よっしゃ見てろよ。じゃあまた柚衣と付き合うことになったから、このまま………ってあれ、なんかおかしくない?」




マジボケをかました逸樹に、私はまた声を上げて笑うのを抑えられなかった。




バカと男は

「ばっか、だからいっつも女にだまされんのよ」
「またそういうこと言う……」


101217