怒鳴り声が聞こえる。
壁の後ろでがーがーがーがー。何を言ってるかなんてもう気にすることもない。うるさいなあ、って思うくらいで頭からさっさと追い出して、思考を空中へ泳がせる。
あんな夫婦でも生まれた時は赤ちゃんで子供の時は子供で結婚した時はお互い幸せ一杯で病めるときも健やかなる時も愛すると誓ったのだ。人間てのは不可解だ、ほんとに。
それとも誰かを愛したこともない私には分かる話ではないのだろうか。二人のことなど理解しようと思ったことはないが。
あーでも二人のこと考えてんじゃん。じゃあ理解しようとしてるのかな、それとも……あれ、こういうのなんて言うんだっけ。
ま、いいやめんどくさい。
ぺたぺた。
会ったことのない兄ちゃん。かーさんの話では家から金を盗んで蒸発したとか。
元気にしてるかな。それとももういないんだろうか。ちょっと二人があんなのだから期待してたりする。少なくとも、あれよりましだろう、なんて。まぁ夢見てなきゃ人生、つまんないじゃない。やっぱり。
だから夢想した。兄貴が私を助けに来るのを。それから二人で暮らすんだ。田舎の小さなアパート借りて、料理は交代ばんこで作って。素晴らしいじゃない?そういうのって。
もう死んじゃってるんなら、それでもいい。私のそばで常に見守っていてくれてる、そう思うだけで楽しくなるから。
それで私の死ぬ時は迎えに来てくれるの。――うん、我ながら良い考え。
がさごそ。キョロキョロしてうろうろ。
しかしあれだ、よくあんな大声でずっと喧嘩してるよな、声かれないのかな。
まあ、もう見納め……聞き納め?だし、内容ちょっとでも聞いとくか。
荷物を整理して詰めて旅に出る前。私はいつもより寛大になっていた。
だから思考をシフトしたら実にくだらない内容でやっぱり聞く気が失せた。金のこと。しかもお互い自分の言いたいことしか言ってない。会話が成立してなかった。あぁ、だから喧嘩しても仲直りしないのか、二人は。
ううん。なんだか眠い。
まぁいい頃合いかな。発とう。
ちょっとだけ顔を上げた。ぼやけた視界に私の部屋を散らかしている人間、みたいなものが映った。
目を瞑る。お腹からだんだん体温が出て行くのがわかる。考えるのもめんどくさくなってきた。気が遠くなるような旅路だ、せめて心の中で言っておくよ。
私は、あんたらのせいで死ぬ。