びびりました。


子供はすーすーと微かに寝息をたてて眠っている。膝の上でその子の頭を撫でていると息子を思い出してじんわりと涙が出た。

何故私はこの世界に来たのか。今この状況だからこそそれが疑問に思えた。

今、神威はなにをしているだろう。お腹をすかせてないだろうか。それとも、ちゃんとお母さんか保育所の先生が保護してくれているかな。

それを、願うしかない。



そんなこと考えているといつしか手も止まっていた。



「……お姉ちゃん」
「……あ、ごめん起こしちゃった?」
「ううん」




首を振った。



「……お姉ちゃん名前なんていうの」
「安芸津真月だよ」
「安芸津、真月?変わった名前だね」
「呼びにくいでしょ。だからみんなアキとか呼んでる。君は?」

「……僕はルカ」

「ルカくん。良い名前ね」



素直に誉めるとありがとう、と返ってくる。




「……ねぇ」
「なに?」
「さっき、こういうの得意だって言ってたけど、なんで?」



「……なんか、生まれつき、能力が高いらしいんだ僕は」
「能力?」
「記憶能力と、情報処理能力……だって」




どこか悲しそうに彼は言う。




「一度見たものは忘れないしそれを組み立てることも得意、なんだ」
「へーそれはすごい。私なんてバカだから学校での成績も悪くて、そりゃ親に叱られたもんよ。学校もやめちゃったし」




まぁやめたのは成績のせいじゃないんだけどね、と笑う。




「……その方がいいよ」
「え?」
「一度見たらなんでも、忘れられないんだ。悲しいこともつらいことも」




ルカは何処か遠くを見つめるようにして言った。その眼には何か底知れぬ悲愴さが滲んでいた。




「……ルカく」
「おい、女」





がちゃりと扉が開く音がした。ルカはそれと同時に飛び起きる。




「――お前だ。来い」




天人の一人に指さされた。何故私だけなのだろう、と疑問に思ったが、それを考える余裕はなさそうだ。



「ま、待って僕も」
「ルカくん」





私はにっこりと笑って見せた。




「大丈夫。すぐまた会えるよ」





彼は驚いたような顔をして口を閉じた。

不安がない訳ではない。むしろ怖いけれど。この子には、悲しい顔をしてほしくなかった。














「――ほう、お前が今夜の目玉商品、か」


連れてこられたのは豪勢な洋館の一室。

じろじろとこちらを睨め回すのは緑色の肌をした長髪の天人だ。

なんか見たことがある気がするな、と思っていたらあぁ、あれだ。天道衆にちょっと似てる気がする。




「おい、あの子供は」
「手筈は整ってます」
「……あの子をどうするつもり」




睨むようにえらそうな天人を見上げる。相手は此方をじっと見返すと楽しそうに言った。




「――ふん、なかなか良い面をしてるな」




そしてニヤリと笑った。その気味悪さになんだかぞっと寒気がした。




「臘月様、如何いたしましょう」
「好きにするがいい。――それはもう、見違える程にな」
「了解しました」

「……え」




がしりと後ろから羽交い締めにされずるずると引きずり込まれる。





「さぁどういう目にあうか分かってる?」





顔がひきつる。別室に放り出された途端手下の天人はごきりと拳を鳴らした。




「さぁ……楽しみだね、お嬢さん」
「ぎっ――」




手下の顔が近づく。





「ぎゃあああ――!!」














「あり、なんか今真月の色気のない悲鳴が聞こえなかった?」

「気のせいじゃないのか。それよりこいつらどうしてくれんだよ」

「俺の獲物に手出そうとしたんだ、非合法人身売買にでもかけといて」

「……」








ー続くー

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