トリップしました。


私は大の銀魂オタクである。




トリップしました。





「いやぁ、かっこよかったわぁ銀さんもヅラも。んで最後のも銀魂らしくてよかったよね」




なんて独り言をむなしくつぶやきながら帰り路をぶらぶらと歩いていた。

昔から妄想癖があり銀魂にハマってからはそれがさらに顕著になっている私。

旦那さんに逃げられたのもそのせいじゃない?なんて隣の奥様に噂されてるが冗談じゃねー。あの男が勝手に浮気して勝手に出て行きやがったんだちくしょー!




「って、ただのグチになってるな」




はてさて、息子の顔を早くみたいし、早く帰らなきゃ。とりあえず電話するか。




「もしもしー神威?」
『あ、おかーさーん?』





そうだよ、おかーさーんだよー、なんて言って顔はだらしなく弛緩する。

もう、天使のように愛らしい私の息子。いや、名前はべつに銀魂からとかじゃなくて。あれだから、字のごとく神の力を持った素晴らしい子供に育ってほしいってことだから、うん。




『またぎんたまー?おかーさーんこりないねー』

「その言葉どっから教わったよ」





隣のおばはんか。

心でちっと舌打ちしつつ、今帰るから、という事を伝えて電話を切る。





もうあたりは暗い。





必ず通るのは線路の下。夜になるとそこは真っ暗で、自分の事も見えなくなるくらいだ。たまにあそこからぬっと人が出てくるとびっくりするくらい。よく考えたらあそこ歩くの結構危ないよなぁ。

少し怖いけれど一番近道だし、早くかえって神威を安心させてやらなければ。





ふーっと息を吐いてだだっと走り抜ける。





そしたらコンクリの地面で何故か私の足は何かにもつれて転けた。






「い、たっ……!」





思い切り頭をぶつけた。もう、なんなんだよこのトンネル暗すぎてどこがどこだか。





「これで最後だね」





声が聞こえた。






なんだ、こんな夜中に独り言言いながらこんなトンネルくぐる奴があるのか、と私は顔をあげた。






「じゃあね」





周りは暗かった、筈だ。なのにその男の顔ははっきり見えた。

張り付けた用な笑顔。オレンジの髪、チャイナ服。




「な―――」




手刀が振り下ろされる。





私は、殆ど反射的に斜め前に転がりそれを避けた。


続いて破砕音。




ばっと振り向くと私のいたところは粉々に砕かれていた。まさに、木っ端微塵。





「って、」





なに――この状況。意味分からない。





「あり」




男は妙な声を出して振り向いた。きれいな顔立ちとは裏腹に、掲げられた血塗れた手が怪しく、赤黒く光っている。

あれ、どっかでみた光景。




「なんだ、中にはやる奴もいるんだね」
「………は?」





思わず周りを見渡した。

血の海だった。

着物を纏った女、女、女。それが主に頭部を破壊されて絶命している。







「――ぐっ」




吐き気がした。一生かかってもお目にかかれない用な死体の山。





どこよ、ここ。





「どうしたの」






そんな言葉が聞こえたと同時に私はそこで気を失った。
















私を呼ぶ声がした。


――あぁ、息子が呼んでる。



そう思ってどうにかそこに以降とするんだけれどどこにいるのか、見当もつかない。




神威、神威。




私は何故か焦燥にも似た不安を感じていた。神威が、どこか遠くにいってしまったような。心の一部を無くしたように落ち着かない、失いたくない、なにもない私のたった一つの宝物なのに。






か、むい






「―――っ!」





目が覚めた。





「……あれ」






ここどこ。みたとこ簡素な部屋みたいだけれど誰もいない。ただ、妙に身体が汗だらけだ。

神威、神威はどこだろう。


なんとなく焦燥感に駆られて私は扉を開けた。







「神威!!」

「なぁに?」

「え」





返ってきたのは間延びした青年の声だ。神威、の声じゃない。



目の前には豪勢な食事。
それはもう20人くらい集めたって食べきれないんじゃないかという程ながーいテーブルに一杯の。




「あれ、あんた俺の名前知ってたっけ」




それをものすごい勢いでがっつく青年は、おさげで碧眼で綺麗な顔の―――――あ、



この人って、






「かっ―――…神威ィィィ!?」

「だから返事してるじゃない。うるさいな」

「えっ」





日野さんボイスで確かに彼は言った。


まさか名前のモデルになった神威が目の前に、

いやいや、ちょっと待てこれは何かの間違いじゃ。




「女にしては威勢がいいね、やっぱ面白いや」

「……え、いや」




そうだ。神威だよ、神威。





「かっ、神威は!?神威はどこにいったの!?」
「目の前にいるんだけど」
「ちっ、がう!そっちの神威じゃなくて私の神威!」
「俺がいつあんたのもんになったんだ、殺すよ」

「だから、そういうことじゃなくて……あれ、なんか私も訳わかんなくなってきた」




どぅああ!ややこしい!なんで私同じ名前つけたんだろう!





「なんだぁ?騒がしいな」
「阿伏兎。この女さっきから訳わかんないし煩いんだ、追い出してよ」




指指されてすこしかちんとくる。なんだ、この人。

………ってあれ、阿伏兎?



「連れて行けといったり追い出せといったり……訳わかんないのはてめーだ、すっとこどっこい」

「ひっ」
「あ?」




阿伏兎のおっさんじゃないか!




「どっ、どどどど」




どういうことこれ。



「……おいこいつ頭いかれてんじゃねぇか」
「うーん、俺の目も狂ったかな?」


「はっ………しっつれいな!私はオタクなだけで頭はいかれてません!!」




そう胸を張ってもなんなんだこいつ、みたいな目でしか見られない。なんだよ普通に視ればあんたらの方がよっぽど変人だぞ。



「………じゃないよ、なんなの、ここどこ」

「君遊女でしょ?あの後気絶しちゃったから吉原からつれてきたんだ」

「………は?」





遊女?吉原?

んな時代錯誤な職業ねーよ。吉原なんてうちの元夫が通ってたとかいうのだけだぞ、関わり持ったのは。勿論現代で。





「いや遊女じゃないし着物きたことないし」
「ん?じゃあなんであんたあんなとこいたの」
「………」




あんなとこ。

途端に、血の海の光景がフラッシュバックする。




「………夢じゃなかったのかあれ」





再び吐き気を催し口を押さえる。
じゃあなんだ、私はまさか、多くの銀魂女子が夢見るあれをやっちゃった訳か。



「いや、んなあほな」

「俺の一撃避けたんだからとりあえず、ただ者じゃないでしょ」





独り言を無視して神威?は聞き返した。



「避けた、ってあああれ」
「お前さんみたところ地球人だろ、侍か?」

「いや、侍なもんですか」




まさか趣味がこんなところで役に立つとは思ってもみなかったが。




「合気道やってるんです。一応段も持ってます」
「あいきどー?なにそれ」

「えーっと………まぁ、武道の一種です。倒さない武道というか」




まぁこんな事言ったって理解されることは少ない。一言で説明するのは難しいのだ。




「そんな軟弱な武道があるの」と神威。軟弱とはなんだ、立派な武道だぞ。

いらっとしつつもまぁいいや、なんて彼が言ってから最期の皿を平らげた。





「……ちなみに此処ぁ春雨の船だ」

「は?」

「ご愁傷様だな、おまえさん暫く地球にもどれねーぞ」

「はっ……はぁぁぁ!?」





ちょっ、待てや。それだと私、

銀さんや土方さんに会えないだろーがァァァ!!って違う!!





「トリップ……私トリップしてきたんでしょ、元の世界に返してよ!」




神威、神威が。



愛しい息子の笑顔が浮かんでじわりと涙が浮かぶ。





「なに言ってるかわかんないけど、地球ならまた戻るから心配ないよ」

「………」

「けど君わかってる?」

「え」




「まぐれかもとは言え、俺の一撃を避けたんだ。運も実力のうちというしね。精々、修行して強くなってよ」

「……は」

「面白味のないオモチャはただ邪魔になるだけだ。そうなると、捨てなくちゃいけない」




わかるね?と神威は笑った。


阿伏兎のご愁傷様の意味が、やっと今になってわかった。






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