刹那さん大丈夫かな…。




様子見に行きたい所だけど今はそうにもいかないしなぁ。





「おい、お前。茶」

「……はい」





これじゃあ殆どパシリじゃないかと辟易しながら急須から湯飲みにお茶を入れる。

俺に命令したのは、此処で一番人気の男だ。名前は一樹と言うらしい。若くて結構な美形だが、性格は最悪でさっきから俺をこき使ってくれている。

もっとも客の前では猫被ってる様でその変わりようといったら……二枚舌もいいとこだ。




「しっかしあのババア調子乗りやがって」





控え室のソファーにでんと座り、眉間に皺を寄せて一樹はぐるりと首を回す。




「時間の際の際で金もねーくせによ、あのアマ『もっと』とか言いやがったんだぜ!?無理だし、つーか鳥肌立ったね!歳考えて台詞選べってんだよ」


「………」





先程からずっとこの調子だ。

そのお客さんはさっきちらりとだけ見たが、どう見ても歳は23〜5で、"ババア"はどう考えても言い過ぎだ。

それとも19歳の一樹からすれば、二十歳以上はババアなんだろうか。じゃあなんだ、俺は……ジジイか?





「あーあ、たまには俺もいい女抱きてェよ」

「お茶、どうぞ」

「聞いてんのかてめー」

「……はい」





はあぁっと盛大にため息をついて一樹はぐいっとお茶を飲み干した。(ため息をつきたいのはこっちだ)

すると何か探してる風に周りを見渡す。今は全員出払っていて部屋には一樹以外誰もいない。




「……あの新人は?」

「琥珀くんの事ですか?あの子も出てますよ」

「へえ、もう客取れたのか」





意外そうに目を丸くする一樹にそりゃああなたよりかはずっと良い子ですから…と言いたいのをぐっと堪えた。



「当たりか、外れか」

「お客さんは女ですよ」





此処では――適用されるのは新人の場合が多いが――客が男の場合は外れ、女の場合は当たりと言うらしい。

はっ、と一樹は鼻で笑う。





「ま、大体女の客が多いからなぁ。当たり前か。童貞の癖に上手くできんのかアイツ」





……そう言えば。

はたとそこで気づく。

琥珀くんのお客さん、凄く美人だって言っていた様な。




「まさか」




刹那さんなんだろうか。




いや、寝るなと副長は言っていたけど――万が一という事もあり得る。琥珀君は、かっこいいし…。

いや、刹那さんはそんな見た目で判断する様な人じゃないけど!でも琥珀くんは性格もいい子だし……




「あ?なんだ」

「えっ?……い、いえ」





独り言に反応した一樹に首を振る。ついでに、雑念も振り払っておく。それに関しては刹那さんを信用するしかない。……変な話だけどさ。

しかし何故彼は入ったばかりの俺にこうも愚痴をこぼすのだろうか(いや、そもそも零すというレベルではないか)。

……他にいないからか。

此処は本当に従業員が少ないし。というか、俺と受付の人ぐらいしかいないんじゃないか。

後は店長――恐らく、例の攘夷志士に手を貸しているという商人だが。





「あの…」

「何」

「店長ってどんな人なんですか?」




聞くと一樹は怪訝そうに眉を寄せる。




「何でんな事聞くんだよ」

「いえ、色々と噂を聞いたから気になって…」





実際、店長の話は聞かなくとも耳に入って来た。

従業員は受付の人しかいないので主にその男からの情報だが、遊郭みたいに逃げ出すと店長からえげつない責め苦に合うとか、男娼達をゴミみたいに扱う奴だとか、薬とかヤバい事にも足を踏み入れているとか……

「金払いはいいがな。お前さんもそこそこいい顔してるからその気になりゃあ働けるかもしれんぜ」とか言っていたが俺はそんなの御免だ。





「まぁ、はっきり言って人間のクズだな」





一樹はすっぱりと言い切る。




「俺ァ下手踏んだ事はねーから話した事もねぇけど、俺らを見る時の目がもう、なんつーか明らかに見下してんの。お前も気をつけろよー?仕事でドジったら拷問ぐらいじゃすまねーって」

「…な、なにがあるんですか」





ごくりと唾を飲み込む。しかし、一樹はただにやりと笑って肩を竦めた。





「教えねー」

「えぇぇ…」








「おい、新人。客が帰るぞ」

「……あ、はい!」





呼ばれて慌てて其方に向かう。「ついでにタオル取ってこいよ」と更に頼みごとをする一樹に辟易しながら頷く。





「ありがとうございました、またどうぞお嬢さん」





くぐもった声で受付がそう言った後、刹那さんは頷いてまた布を被る。

「おい、刀」と言われて取り出しておいた刀を彼女に渡した。

ちらりと見あげると、一瞬眼が合う。

しかし彼女はふっと眼を逸らして刀を腰に差すと、そそくさと去っていった。





「あんな美人が男を買うとは世も末だな」何か呟く受付の声も耳に入らなかった。

俺は見てしまった。

いつもきっちりと結わえられている筈の彼女の髪が――うなじの辺りが少し乱れていたのを。




いやぁ、まさかな。

そうは思いつつも、ここに来る前は髪はちゃんとしていた。

複雑な重いを飲み込みけして表情に出さない様にしながら、タオルを取りに備品室に戻った。






-つづく-



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