「……こ、琥珀と申します。今一晩、何卒宜しくお願い致します」
嫌な台詞だ。苦い表情をしたいのを重い留まり、畳に伏せていた顔を上げる。
確かに、女の人だった。
背を向けてはいるが輪郭や白いうなじから百合の様な可憐さを連想させる。
「初めまして、琥珀君」
ふっと女の人が振り返った。
瞬間――夢を見ているのかと思った。
「……なにか?」
「あっ……い、いえ」
受付の人の言葉に、違いはなかった。
すごく、綺麗な人だ。本当に百合みたいに色白で、人形みたいに整った顔。……日本人離れしている。
だけど同時に、鬱々とした気分にもなった。こんな綺麗な人でも、こんな所に来るのかと思うと。
「どうぞ、かけて下さい」
「……はい」
だけど女の人はにこりとも笑わない。美人なだけに無表情だと余計に怖くて、体が強張るのを感じながら布団の側へ寄る。
「……お名前を聞いても宜しいですか」
「刹那といいます」
「刹那さん……」
綺麗な名前で、正に彼女にぴったりだと感じた。……偽名かもしれないが。
「琥珀君」
「…はい」
刹那さんは帯を緩め、一つに結わえていた髪を解いた。
するりと艶やかな黒髪が零れ落ち、少しの癖もない黒髪がさらりと流れる様に揺れた。
白い肌と相まってそれは息を呑む様な美しさで、えもいわれぬ妖艶さが漂っている。思わず首筋や胸元に視線が行った。
肌は本当に雪の様に白く、思わず触れたい衝動に駆られる。――それをすんでの所で止めて視線をずらすと、透き通った黒い瞳に捕らわれ、どくん、と心臓が高鳴った。
――この人なら、いいかもしれない。
そんな思いが頭を掠める。
「琥珀」
再度彼女は僕を呼んだ。耳に心地よい、透明な水の様な声。
心臓が高鳴って顔に熱が集まる。
彼女の白磁の手が触れた。感触は思っていたよりもずっと心地よいもので、しかしその瞬間――
急に、怖くなった。
ここで踏み出してしまえばもう二度と戻れなくなる、とそんな思いが過ぎったのをとっさに目を瞑り歯を食いしばることで振り払おうとする。
考えるな。どうせ、すぐに忘れる――
言い聞かせて、理性を押し潰そうとする刹那さんのくらくらする様な甘い匂いに、ただ意識を委ねた。
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