私は二人が去った方を見ながら少し考えを巡らせ、すぐに何があったか予想がついた。二人の態度と去って行った彼の様子を総合すれば簡単に分かる。
「自信喪失したんだとよ」
横を振り向けば副長が壁にもたれながら煙草をふかしていた。
いつの間にかそこにいた事にもいきなり発せられた言葉にも驚きはしなかったが、先程去ったばかりなのに何故此処にいるのだろうと不思議に思いつつ、副長が話を続けるのを待った。
「お前にあっさりやられて『やって行く自信がなくなったから辞める』とさっき辞表つきつけて来やがった」
ま、当然と言えば当然かもな、と副長は紫煙を吐き出す。煙が虚空に霧散し消えていくのを眺めながら「そうですか」と私は短く返事をした。
「何とも思わねーのか」
「予想出来た事ですから」
実際容易に想像出来る事だ。剣だけに生きてきた男がその剣で女に負ける。耐え難い苦痛だろう。周囲の目もあるし女に負けたという事実は此処にいる限り彼の身につきまとう。
だがそれを乗り越えるか否かの選択は本人にある。私が彼に思う事など何もない。
副長は密かにため息をついた後、ずいと何かを差し出した。書類だ。さっきより量が多い。
「さっき次の仕事やるの忘れてたんでな。夜までには済ませろよ」
「分かりました」
副長はちらりと私を一瞥してから屯所の中へと去って行った。
―― 一瞬だけだったがその瞳は先ほど緩んだ警戒色が、また僅かに強まっているように見えた。
「……」
ため息が零れた。やはり私には人付き合いという物が向いていないらしい。
-続く-