「あいつと付き合ってるのか?」

ピタリと作業が止まる。何故、皆その事ばかり聞くのだろうと苦笑したい気分だった。

「あいつって誰?」
「とぼけるなよ」

パウルが小さく笑う。くすんだ金髪が揺れ、優しい色をした碧眼が此方を見ていた。

彼は部下の面倒見が良く顔も良い為に、そういった事でも支持を集めているらしい。その割に――同じ分隊長で同期でもあるが、彼がそんな話をするのは珍しい気がした。

私はわざとらしくため息をつく。

「私とあいつがそういう風に見える?」
「見えるさ。現にお前がその顔で誰からもアタックされないのはそれが理由だ」
「案外腰抜けが多いんだねぇ、調査兵団は」

私の冗談に彼が口端を上げる。そのまま私は書類整備を開始したがどうもパウルに逃がす気はないようだった。

「じゃあ相思相愛ってことか」
「なーに、それ」

余りにもこの場には似つかわしくない甘ったるい響き。いつから此処はこんなに緩んだ空気になったのかと思った。――彼女の影響だろうか。

この間の出来事を思い出しそう考えた。小さい隊故に噂が回るのも早いという事か。

「最近じゃ恋愛ごっこするのが流行ってるの?情けない話ね」
「答えられないのか」

軽口を叩いても変わらず目を向けてくるパウルに違和感を感じた。ため息を零してもなお私は作業を続ける。

「そっちこそどうしたの。やけに噛みつくじゃない」
「呼び名のことなんだが」
「……」

どうも、会話が成り立たない。作業しながらの会話は面倒だったので、そっちが無視するならこちらもそうしようと黙り込んだ。

「リヴァイだけがお前をユキと呼ぶな。どう言う意味なんだ」
「…………」
「訓練兵時代あんなに仲が悪かったのに急に仲直りしたのも解せん」

どうかしている。

胸の中で燻り始める憤りを抑えながらひたすら私は書類に目を通す。ハンジの巨人への熱烈なラブレターがこの中に混じっていても今なら救いに思える気がした。

そこでパウルが口にする。

「なぁリヴァイとの間に一体何があったんだ。――"ユキ"」

バキン。

静かな資料室にその音は大きく響いた。私の右手の中でひしゃげたペンを見てかパウルは黙り込んだ。

「その名前で」

ゆっくりと息を吐き出し顔を上げる。パウルは少なからず驚いた顔をしていた。

「呼んでいいのはリヴァイだけ――分かった?パウル分隊長」

わざと肩書きで呼ぶとパウルの顔が歪む。いつも穏やかな彼からは見た事のない表情だった。そもそも、彼がこんな風に此方の言う事を無視して矢継ぎ早に質問攻めにするなど無かった事だ。

だからと言って、彼にその理由を尋ねる程私も穏やかではなかった。

検分の終わった書類を持って出入口へ向かう。

「……悪かったな、スノウ」

ドアの前に辿り着く直前、パウルが言った。その声に反省の色が見えたので振り返る。

「いいけど、二度はないから」
「……大規模な遠征前だからな、ハッキリさせておきたかった」
「………」

パウルを見る。彼はまっすぐ私を見ていた。

「兵士はいつも死の覚悟を決めてる。でないと勤まらないでしょ」
「……厳しいな、お前は」

彼は苦笑して天井を仰ぐ。

「死の覚悟なら出来てるさ。だがあの新兵の為に命をかける価値があるとは言いきれん」

彼にしては珍しい弱音だった。分からなくもなかったが私は内心で首を傾げる。

疑問を感じているなら正直にぶつければいい。私はリヴァイの判断は合理的で最も現状を打破しうる物だと理解している。命をかけるに値するとも。

「エレンも、兵士としても兵器としても、悪くないと思うけど。それに――」

それをしない彼に最もの疑問をぶつける。

「貴方は、リヴァイを信じてないの?」

真っ直ぐに彼を見る。

さっと彼の顔色が変わった。ショックを受けた様な、あるいは怒りに溢れたような表情で今度は私が面食らう番だった。

「何故だ」
「……?」

何、と問う前に私の真横で石の破片が弾けた。パウルが壁に拳を叩きつけたからだ。その横顔から誰が見ても分かる程に激情が見て取れた。

「リヴァイの為なら死ねると――お前はそう言うのか」
「……まさか。あいつの為に死ぬなんてゴメンだわ」

思わず笑う。その激昂を目にしても私はいつも通りに落ち着いていた。数分も立たぬうちに立場が逆転していることにもおかしさを感じるくらいには余裕があった。

「だがそう言う顔をしている。仲間と共闘する時とも死に別れる時とも違う――リヴァイもだ。そこに何の迷いもないって顔を!」
「――――」

私が、あいつが、一体どんな顔をしているというのだろう。

パウルが怒れば怒る程頭が冷えた。

「……なんで、私達の事をそんなに気にするの」
「それは――っ」

パウルは途中で口を噤んだ。少し待ったが彼はぐっと手で壁を掻く様に拳を作っただけで視線を彷徨わせるばかりだった。

「――行くわ」

付き合ってられない。

そう思い踵を返す。すると息を飲む様な音が聞こえ、瞬時に腕を掴まれた。

「何――」

振り返る前に――暖かい何かが私を包んだ。

「――行かせない」

強い決意がこもった声をすぐ後ろで聞いて、抱きしめられていることにやっと気づく。さすがに驚きを隠せなかった。振り払おうか悩んだ隙にパウルが言った。

「愛しているからだ、お前を」
「………な、」


絶句。と同時に逞しい身体や暖かい温度を意識しない訳にはいかず心に動揺が広がっていく。巨人を目の前にした時とはまた違う。これはまるで、どうすればいいか分からない。パウルの腕に力がこもる。

「訓練生の時から、ずっとだ。お前を守りたくて、同じ調査兵団に入った!入ってからも腕を磨いた……だが……お前は、いつも」

リヴァイしか見ていない――

その言葉が一番、私を驚かせたかもしれなかった。

「それは――」
「ずっと見ていたんだ、分かるさ。リヴァイだっていつもお前を――」

パウルは急に頭が冷えたように黙り込んだ。相変わらず腕は頑なに私を捕まえていたが、そっとそれに手をやると案外あっさりと力は緩んだ。

「悪いけど――答えられない」

それは、どちらに対しての返答だったのかは自分でも分からない。パウルは難しい顔でそうか、と呟いただけだった。

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