羨ましかったのかもしれない。

後にパウルはそう思う。





「天才も案外たいしたことないね」

くるくると手で木刀を弄ぶスノウが言うとリヴァイは顔を顰め、倒れた姿勢から素早く反転――組みかかるがいとも簡単に腕を掬われ地面へ叩きつけられる。

リヴァイは倒れたまま片腕を抑えられビクともしない。関節を抑えられているのだろう。位置的にそれだけでも肩が痛い筈だが彼は全く顔色を変えない。つまらなさそうに鼻から溜息を漏らしてスノウが開放すると、次は私が、と彼女のファンなのか目を輝かせた女兵士が駆けつけてくる。

「随分と人気者だな」
「羨ましい?」

二人が、鬼の様な目で睨み合う。ピリピリした空気の中でさすがに女兵士も引き気味の顔をしている。お互い、言葉で頭に血がのぼったと言うよりも相手の存在自体が気に障るという様子だった。


「……早とちりは戦場で命取りになる。気をつけるんだな "優秀生様"」
「そう。とちって女に膝つかされる男よりは長生きするつもりだけど。ご忠告ありがとう"天才さん"」

火花が散るその場所に耐えられず、女兵士が一歩下がる。教官がこっちを向く気配にようやく二人が視線を反らした。



「……すごいねあの二人。取っ組み合いも高レベルだ」

今組んでる相手のハンジが思わずといった様子で呟いた。パウルからの提案で適当に流そうと言った為、訓練していても余所見やおしゃべりをする余裕はある。

「……そうだな」

対人戦術ではスノウが上をいくものの、それでも二人の腕が普通のそれを上回る事に変わりは無い。

「優秀生っていうのも、天才っていうのも二人とも言われてることなのに」

ハンジの言う通り、二人は類稀なる才能に恵まれていた。

お互い、型にはまらない優秀者同士。ぶつかる事が多いのか何かにつけて喧嘩している。他の成績は二人共五分と言った所で、肝心の立体機動は二人とも得手不得手がありどちらに軍杯が上がる、とは言い難い。

その得手不得手だって飽くまで高レベルでの話だ。

「その点俺達は平凡だな」
「人それぞれだし、それでもいいと思うけど」

意にも介さない様子のハンジにパウルは微妙な顔をする。

横目でスノウを見た。彼女は女兵士と組んでいる。リヴァイも他の兵士と組み、はたからみても二人の身のこなしには隙が無い。

嬉しそうな女兵士と反対に彼女は機嫌が悪そうな顔をしていたが、それでもその美しさに影が差す事は無かった。

「はい、取った」
「っ!?」

腕を捻られ、地面に寝かされる。そこでようやく自分がスノウに見惚れてたらしい事に気がついた。

「見てたいのは分かるけど教官の前でそれは危ないんじゃないかな」

見るとちょうど教官が横を通り過ぎた。気がつかなかった。




(見つけた――!)

前方に二体確認。そのうち一体までもう少し――という所で上から影が過る。

「……っ!」

気がついたら標的が殺られている。それがリヴァイだったと分かったのはパウルが発見したもう一体もやられた後だった。

――速すぎる。とても追いつける気がしない。

それだったらスノウも近くにいる筈、と癖で彼女を目で探す。案の定木の上から舌打ちが聞こえたがすぐ気配は消える。何故か二人は行動パターンが似通っているため標的が重なる事が多い。

彼女の前だと俄然力も入る。せめて一体はやっておきたい――思うが早いか立体機動をふかしすぐさま横に飛ぶ。

――いた!

しゃがんだ格好の標的が一体。そこは特に木々が密集している為難易度が高そうだ。仲間の気配もしたが立体機動の強弱を調整し最短ルートを通る。

すぐそこにハンジがいるのが分かった。負けられるか――こちらが少し遅れたが今だ、という所で出力を最大にする。

一歩、此方が早かった。ハンジが目を丸くするのが分かり内心ガッツポーズをした。






「やっぱすごいね、パウルは」
「え?」
「あの難易度の高い場所であそこまで早くやるなんてなかなか出来ないよ」

仲間の女兵士に褒められる。

「……そうか?」
「うんっ。かなり立体機動の理解が深いじゃない。あんな細かく調整しながら上手く動けるってすごいよ」
「確かに、あれには私も驚いたな」

ハンジや、次々と周りの兵士から言われた。そう褒められると満更でもなくなってくる。

「なあ、スノウそう思うよな?」
「ん……ああ」

考えに耽っていたらしいスノウはようやく顔を上げる。

「そうね、確かにすごいと思う」

はたから見ればその一言は素っ気なかったかもしれないがパウルにとっては誰の言葉よりも嬉しい一言だった。それに気づいた仲間がこのこの、と肘で小突いた。

「でもスノウもさすがよねー。太い枝が生い茂ってる中の高い標的を素早く登って枝ごとズバーッて。かっこ良かったなぁ」
「……そう」
「素早さじゃリヴァイも負けてないよな。いやいやさすが優秀生組!」
「………」

リヴァイが戻ってきた。

「なぁ、リヴァイ。スノウのあれ見ただろ?すごかったよな」
「……」

こいつはこいつなりに気を遣ったらしい。

「……ああ」
「スノウも!リヴァイが二体連破したの見たか?すごいよな!」
「……うん」

二人の肯定の言葉にほっとしたのもつかの間だった。

「いつも二人って同じ行動とってるよね。ひょっとしてわざと?」

女兵士の一言。これが火種になった。


「わざわざ被らせた覚えはない――誰かの位置把握と行動が遅いだけだ」
「ああーそうね。途中あなたがスタミナ切れしてくれたお陰で最後は華飾れたしね」
「一匹に大勢かかっても労力の無駄と分かったから引いた。敵とみればつっかかるお前とは違う」
「あえてそうしてるのよ。ていうか、終わった後も息切れ聞こえたんだけど勘違いだった?ごめんなさいねそれは」

「こらお前ら!」

二人は言い合いをやめてなお睨み合っていた。二人ともクールで頭もずば抜けて切れるのに何故か顔を合わせるとこうなる。

仲間には見せない感情を露わにする彼女と無表情のまま眼光だけが鋭くなったリヴァイを見る。未だ二人は何やら言い合いをしていた。彼女が此方を見る事はない。二人を見てパウルは何時の間にか拳をきつく握り込んでいた。


***


混雑した食堂の中、席につこうとする彼女が狭い中つまづきふらりと傾いた。リヴァイが腕を掴み支える。礼を言うスノウに周りの何人かは珍しい物を見たかのように振り返る。パウルはそれを見ないようにし、席につき、開始の鐘が鳴ると同時にパンを口に突っ込んだ。

皆思い思いに話し出す。訓練の事、巨人について、立体機動のことや噂話――


「え?告白されたの?」
「そう」

スノウのそんな声が聞こえ、危うくパウルは口の中のパンを噴き出しそうになった。スノウが怪訝な顔で見たので耐えて飲み込む。最近の彼女はやけに表情豊かだった。その理由が何かは今は考えたくない――

「最近なんか多くて。兵士の自覚あるの?」
「こ、断ったのか?」
「当たり前でしょ」

ほっと息をつく。だが同時にこれは自分にも無理なのではないかと言う思いがもやもやと広がった。

「私の何処がいーんだか」
「マジメに言ってんのか、それ」
「見た目だけなら呆れるけど?」
「嫌味だねぇ」

肩を竦めるスノウは悪びれた様子もない。

「兵士として優秀だからじゃないかな。スノウかなり目立ってるし」
「ふーん。じゃあリヴァイどうなの?その辺」

リヴァイは話を振られても表情を変えなかった。最近この二人が言い争う事もかなり減っていた。

「何がだ」
「愛を告白された事があるかって話」

それにしても色恋話をこの二人がすると言うのも奇妙だ。リヴァイは食事を嚥下した後「ない」と端的に答えた。

「やっぱかー。リヴァイは威圧的過ぎだし。その点、パウルは良いよね」
「えっ?」
「かっこいいし優しいし。付き合うんだったらあんたみたいなのが良いよ」

さらりととんでもない事を宣うスノウに絶句して今度はかあっと顔が熱くなっていく。仲間たちもおおっ、と驚いた顔をして二人を見ていた。

「じ、じゃあ――」

付き合ってみるか――

そう言いかけた時だった。


「ユキ」

食事が終わりその場を去りかけていたリヴァイがスノウに向かって声をかけた。

「……ユキ?」

聞き慣れないそれに首を捻る。

「なに、リヴァイ」
「もし明日もそのまま訓練へ出るつもりならやめておけ……迷惑だ」


スノウがショックを受けた様に目を見開く。それを聞いた周りの兵士が顔を見合わせた。

――確かに彼女は、今日の訓練での成績はいつもより悪かった。だが、彼女も人間で調子の悪い時もあるだろう。自然と眉根に皺が寄る。

「……お前な、その言い方はないんじゃないか」
「パウル」

ハンジが腕を引っ張る。ぐっと睨むがリヴァイはその鋭い目でジロリと見返すだけだった。

「二人とも……」

睨み合っていたが先にリヴァイが視線を外した。スノウを見る目が前の射抜くようなそれとは違う事にパウルは気づいた。


「隠しておく方が周りにも迷惑だ。さっさと医務室へ行け」
「……あ」


何事かを囁いたリヴァイにスノウは再び目を見張る。

瞬間、食事時間の終わりを知らせる鐘が鳴った。

「……スノウ」

皆が去る背中を見送っている彼女が心配になり大丈夫かと声をかけようとしたが、

「あ、あはは」
「?どうした」
「いや、やっぱ……リヴァイには敵わないな」

人一倍負けず嫌いの彼女が、そうやって見せた笑顔は晴れやかだった。口を開けて見惚れていると、スノウはいきなり立ち上がり、駆けて行こうとするが――途中で躓きかける。

その片足を庇う様な奇妙な歩き方でようやく、気づいた。

彼女の、今日の成績が悪かった理由に。
先程も躓きかけ、リヴァイに支えられていた事に。


思い足取りで外に出ると追いついたのか彼女はリヴァイといた。

「これ、くれるのはいいけどやり方分からないし返しておく」

彼女が手にしていたのは薬草を貼り付けた緑色をした湿布だ。会話から先程すれ違い様に渡されたのだろうかとぼんやり考えた。

それを受け取ったリヴァイは何事か考える様な仕草をした後、しゃがみ込み――彼女のズボンの裾をめくり上げた。

「なっ」思わず声を上げたがびっくりしたのは彼女も同じ様だった。

「っ?」
「左足首だろう、貸せ」

持っていた水筒で湿布に水をかけ、腫れた箇所にピタリと貼り付けた。更にその上から包帯を巻くーーテキパキとした動作でそれだけ彼が器用な事が知れる。包帯が巻かれた足を見て彼女が少し嬉しそうだった事も、彼女を見るリヴァイが少し柔らかい目をしている事も――

「……畜生」

無理をしていた彼女に気づかなかった自分も、何もかも気に食わなかった。


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