「貴方の事が好きなんです!」
――やっちまった。
心中で舌打ちをした。今日私一人が担当する筈の庭の清掃に向かおうとしたら、その庭には二人の男女。
なんだと足を止めれば、なんとそこにはリヴァイ兵長と一人の新兵がいるではないか。
それに次いで、冒頭の台詞。
いやはや、そんな物好きがいたとはびっくりだ。
いや、確かに彼は格好良い。クールで粗暴だが、仲間思いでしかも人類最強の兵士だ。憧れる女がいるのも頷ける。オルオの様に、男でも憧れるような男だ。
だが、エレンの様な不確定要素が入ってきての遠征前だ。隊内もピリピリとしている。このタイミングでそれはないだろう、と言う話だ。
――でなくても、常に巨人に食われるかもしれない恐怖に晒されてる調査兵団でそんな調子の良い事できる人間は少ない。……だからこそ、なのかもしれないが。
しかし、兵長にはあの人がいるのに――彼女も随分勇者だ。
兵長は何かの書類に没頭しており、聞いているのか聞いていないのか分からない。
「あ、あの……」
「…………」
全部に目を通したのかガリガリとサインをすると、兵長はその紙束をそのまま兵士に突き出した。
「次はトイレの清掃をやれ。終わったら見に行く」
「…………」
「まだ何か用か?」
いつもの様な、冷めた目。みるみるうちに彼女は泣きそうな顔になり、それを隠す為かばっと頭を下げて去って行く。
うひゃーさすが兵長、と口の中で呟いて私は思わず肩を竦めた。
「何してるの?」
「――――ッ!」
声にならない悲鳴を上げる。すると声をかけた張本人はそれを見てくすくすと笑った。
「幽霊を見た訳じゃあるまいし。何にそんな怯えてるの?」
「す、スノウ分隊長」
人形の様な可憐な容姿の隊長が微笑むと、その場だけぱっと花が咲いたように明るくなる。どうも彼女は、この場にいるだけで違和感がある。
「そ、その、今から庭の清掃を」
「それにしては足が止まってたみたいだけど……」
まぁ、いいかと隊長が笑い私はほっと肩の力を抜いた。なにせ、彼女には先程のアレは気持ちの良い場面ではないだろうから。
「では失礼します」
リヴァイ兵長もそろそろいなくなっただろうと清掃に向かおうとした時だ。
しゃくりあげる声が聞こえて思わず立ち止まった。
例の彼女がいた。此方を見て目を大きく見開いている。
しまった、トイレにはこっちが通り道だったなとまたもや舌打ちしたくなった。
どうしよう。
私の慌てた思考を他所に彼女はギュッと眉を顰めスノウ分隊長を見た。
「スノウ分隊長。聞いてもいいでしょうか?」
「……なに?」
意外とスノウ隊長は落ち着いた声だった。去るタイミングを逃した、しかし見ていたい気もしたのでそのまま立ち止まっていた。彼女は意を決したように口を開く。
「スノウ分隊長とリヴァイ兵長が恋仲にあるというのは本当なんでしょうか」
――言っちゃったよ。
息が詰まる様な沈黙。
実際は何秒も無かったろうが私には長い長い数秒だった。
ちらと横目で見ると分隊長はただ遠目に兵士たちの作業を眺めるかのような顔をしてそこに立っていた。穏やかに彼女は言う。
「……聞いてどうするの?」
「――私の個人的な問題で、私が、納得する為に必要なんです」
仮にも、分隊長に向かってなかなか肝が据わっている。さすが兵長に告白しただけある。ある意味有能かもしれない。スノウ分隊長はただ笑みを浮かべて言う。
「その程度で動揺するってことは覚悟もしてなかった?……色恋についてはとやかく言わないけど、作戦に支障が出るようじゃ調査兵団どころか兵士失格ね」
「――――っ」
「その勇気だけは買っとくわ。まぁ、せいぜい励んで」
「ま、待ってください!」
彼女が歩き出す分隊長を呼び止める。
「さっきの質問のこと?……答えはノー」
気が済んだ?
そう言いおくと分隊長が廊下の向こうへ消える。
取り残された私はただぽつねんと突っ立っているだけだった。
例の彼女はただ悔しそうな顔をしてすすり泣いていた。
「――って事があったんだけど」
話すとやはりペトラもぽかんと口を開けていた。
「……すごい現場に出くわしたね」
「でしょー。面白……じゃない迷惑な話よ」
ペトラが苦笑する。懸命に床を掃きながらチャンスはここしかないと一番話しやすい彼女に相談した。
「ノーとか言ってたけど、私は絶対怪しいと思う」
「うん、二人とも仲良いもんね」
「でしょ?スノウ分隊長ヤケに突っかかってたしさ」
「突っかかってたのは告白した彼女の方じゃない?」
いやでも、と思う。分隊長のいつもの様子と幾分か、違ってた気がするのだ。
「私もね、この前思ったの。リヴァイ兵長も分隊長を見る時の目がちょっと違う気がするなって。柔らかいっていうか」
「ああ、分かるかも」
そう言えば、と私も思い出した。
この間スノウ分隊長の去った方を見て兵長がため息を零したのを私は見逃さなかった。その瞬間何故かどきりとした。あの、兵長が珍しく少し隙を見せた瞬間に。
私はあのキツイ眼光がどうも受け付けないが、何気にモテるんじゃないかとも思った。
「彼が分隊長のこと大切なのは確かね」
うんうんと頷く。
「多分あの二人相思相愛だとおも――」
「おい」
またもや心臓が止まりそうになった。瞬時に手を動かし始めるがどうも声をかけられたのは私だったようで再度名前を呼ばれる。
「はい」
「全然なってない。やり直せ」
「……はい」
内心辟易してこっそりペトラを見る。彼女は手を動かしながら頑張れ、と口パクで言った。