「寺崎さん、大問題っすよ」
ちりーん、と入店のベルがなる。いらっしゃいませーとホールスタッフが迎える声が聞こえるが今は暇なので私が出ることはないだろう。
「そう」
「聞いてくんないんすかー?まぁいつものことですけど」
ダルそうな敬語でカウンターに体を預けているのは微瀬敦己。バイトの後輩である。ゆるい見た目通りにダラけた性格である。
「君が言う大問題って彼女と喧嘩したとか受験大変とかその程度でしょう」
私は昨日のこともあり疲れていたので軽く受け流した。まぁそうなんですけど、と彼は悪びれない。
「なんか昨日店長帰ってきたらしいすよ」
「……ほんとに?」
そりゃあ珍しい。たまに帰ったと思ったらどっさりお土産持って来て、土産話ちょこっとするとまた忙しそうに用事を済ませ出て行く……という様な事をしてる店長が帰ってくる、と。
「……でも店長が帰ってくるとなんで大問題なの」
人間的に少々問題はあるが、殆ど店にいないから私らにはあんま関係ない気がする。
「それが誰かツレと帰ってくるとか言ってて」
「くだらん色恋話ならホール行くわ」
「まぁまぁ。それがね、寺崎さんの男だってんですよ」
「は?」
何をとんちんかんな事を、と見返すが、彼は肩をすくめる。微瀬に茶化してる様子はない。
「なに?誰の男?」
「寺崎さんの。顔も体も良い奴だから絶対気にいるー、とか言ってましたよ」
「……発想が親父だな、ほんとに」
辛うじてそれだけ返してため息する。お節介は前からだが、人の色恋にまで口出すのはいかがかと思う。さすがに鬱陶しい。
「つか、肝心の中身は?」
「あ、やっぱ気になる?」
「……ツッコミの一環だから気にするな」
「何楽しそうな話してんのさー」
ごん、と頭の上に盆が乗る。
「……」
「睨むな睨むな。そーゆー時はツッコめよちゃんと」
それを退けてウインクをかますのは咲生さん。顔立ちのせいで綺麗に決まっているのが小憎らしい。
「年相応に恋バナしてるんです」
「ほー、君は私が恋バナする資格がないと言うのかい」
「咲生さんはそういう話すると下ネタになるでしょ」
「あ、聞きたい?聞きたい?実はちょっと最近いい男捕まえてさーこれがめっずらしく童貞で」「あ、もうその辺で」
えー!と大げさに目を見開く彼女に苦笑。「で、どーなったんすか」と尋ねる馬鹿正直な微瀬。
「お、じゃ今日飲む?交代の人くるし」
「いっすね、じゃあ槇村も呼びましょうよ」
「あー私はいい」
「アホか。強制参加だからぁ、覚悟しろ?」
にやぁ、と笑ってがしりと肩に腕をかけられる。ひく、と顔が引きつった。酒が嫌いな上に苦手な下ネタとあっては最悪な場になりそうだと辟易してる所に。
おう、と聞き慣れた声。
「「「あ」」」
私達は同時に振り返り同時に声をあげた。見慣れた姿がそこにあった。