「思ったより手強そうね」

ぽつり呟くとでしょ、と優里はため息をつく。

がしゃんと音と小さな悲鳴が聞こえて優里の顔はますます苦る。

休憩室から少しドアを開けるとキッチンが見える。ちょっと離れた所で泣きそうな顔しながら女の子がわたわたと皿の欠片を集めていた。

この店は友人である優里のバイト先で、私の元バイト先でもある為、出入自由で気軽に遊びに来たりもする。店長やオーナーにもよく来たと迎えられるくらいなので、休憩室に無関係な私がいても今更誰も驚かない。

そして彼女の問題点が分かっただけでも何個あるか、一つ一つ確認する。

まず、声が小さい。これはちょっと致命的だ。特に忙しい時これじゃ伝言が上手くいかない。それから緊張してるのか身体が堅く、贔屓目に見ても動作も遅い。あれでは早くしろとせっついても余計緊張してミスを犯しそうだ。

更に物をよく落とす。落ち込みやすいのか怒ると泣きそうな顔でいつまでも落ち込んでいるという。なんとか休憩中会話して緊張をほぐそうとしても、無愛想で質問に答えるだけといった感じでなかなか打ち解けない。

先ほど話したがこの私でも会話が続かないので、優里の苦労は推して知るべし、だ。


「別嬪だしドジっ娘として見れば可愛いんだけどね。萌えるっ」
「なんでやねん」

ばしんと丸めた雑誌で頭を叩かれる。もちろん加減はされてる。ああこれこれと思わずにやついた。うちの店員どもはノリが悪いからなかなかこうはつっこんでくれない。

「いや優里だって可愛いよ?私と同い年なのに中学生レベルの童顔ってかなりの希少価値だし。ねっ」

頭を撫でると、優里は14,5の少女の様な顔でぷくっと頬を膨らませる。背も低い為どう見ても怖くないしただ子供が拗ねてる風にしか見えない。なかなか加虐心がそそられる。

「バカ咲生ぃ」
「あぁん、もう可愛い!食べるぞこの!」
「矢波さん、交代です」
「あ、はい」

抱きしめてやろうとするとスルリと腕から抜け出す優里。

ノリは良いが切り替えも早い。若干不満を覚えつつ、ドアを覗く。

「あんた、これで何回目いい加減にして

ドスの効いた声が響いた。交代で休憩に来た人が肩を竦めている。

「いっつもいっつもビクビクオドオド、挙句皿割るわ他の従業員の邪魔するわ。迷惑どれだけかかってるかわかってるの

は、はいと震えた小さな声。

この声は優里だ。あれで案外怒る時はしっかりしている。ーーというか普段から見た目に削ぐわずしっかり者だ。家事や料理なんて私より出来るし面倒見が良い為後輩にもなかなか好かれている。

ただ怒る時は怖いから、例の新入りとは相性が悪い様で頭を抱えているらしい。

実際今も彼女は大きな瞳を悲愴に歪ませてひたすらごめんなさいを繰り返していた。顔が綺麗な為か余計に痛々しく見えて思わず可哀想に思えてくる。

優里は再びため息をつき「もういいから、片付けといてね」と柔らかい声で言うと、彼女はどこかが痛んだかのように整った眉をギュッと顰め更に俯いた。シンデレラさながら――といった所だけど、優里は虐めてるつもりは毛頭ないから、そう見えるのは彼女の悲痛な面持ちのせいだろう。

――もうそろそろお邪魔かな。


「帰るの?」

目を丸くした優里が顔を覗かせる。

「そろそろバイトだしね」
「ありがと。また相談乗ってね」
「いつでも」
「あぁ、あと」

少し離れた所にいる新入りを気にしながら、こそっと耳打ちする。

「例の子はいつ?」
「火曜日になるかな」
「あーあの子、とっとと首になってくれたらいいんだけどさ」
「わお、さすがバイトの鬼」
「でも」



「――仲良く、なってくれたらいいな」

呟いて少し目を細めて彼女を見る様子は、何か眩しい物でも見ているみたいで。

珍しいな、と思いつつ、にっこり笑って彼女の肩をぽんと叩いた。

「そーゆーの得意だから。まかせときなさい」
「……ん」

手を振り合って裏口から出る。表へ出ると日が高いのが分かり、同時にもうすぐ飲食店は忙しい時間だと思い到って足を早める。

あ、そうだ、終わったあとデートの約束してるんだった。

思わず顔がにやけて妄想に浸りつつ、それなら連絡しなきゃなと携帯を取り出した。

人とぶつかった。

「うわっ」

コケかけたが二三歩たたらを踏んで何とか持ち直した。相手は横の電話ボックスから出てきたらしい。すみません大丈夫ですか、と慌てた様子だった。

「あぁ、大丈夫ですお構いなく」

笑顔で手を振り顔を上げる。瞬間ちょっと驚いて間が空いた。その間にすいません、と頭を下げて去って行く。思わずその先を目で追った。というのも、

「すっごい男前……」

この私が一瞬でも見惚れるなんて。しまった、ぶつかったのにかこつけて番号くらい聞いとけばよかった――

そうこう思う内に彼はさっき私がいたカフェへ入って行ったのだった。よっしゃあとで優里に聞こうと思った矢先電話が鳴った。

「やばっ」

携帯のアラームだ。バイトの時間が迫ってるのを思い出して駆け出す。

あんないい男なら神奈でも興味を示すかな――急ぎながらそうちらりと思った。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -