「あー…はいはい」

ピンポーン、ピンポーン。

久々の休日でダラダラしてると急にベルが鳴った。

宅配便か何かか。そう思い眼鏡を探すが見つからなかったので、半端にぼやけた視界で苦難しながら、ドアを開けたのだが。

「はろー」
「……」

目の前でひらひらと手を振った美人は、良く知っている人物だった。

「……なんで咲生さんが」

てかなんでうちを知ってるのか。

「理由もなく来ちゃ行けない?」

そう笑って首を傾げる。スタイルの良さを強調する様な短いズボンと白のキャミソールが今日も眩しい。

「まるで恋人みたいですね」
「恋人も何も神奈ちゃんは最初っから私のモノじゃんっ」
「珈琲入れます」

うふふと笑いながら抱きつこうとする咲さんをするりとかわす。舌を出しながら彼女はハイヒールを脱ぎ中に上がって来た。

昨日貰ったインスタント珈琲を用意してる間適当につけたニュース番組を彼女は食い入るように見ていた。

「どーぞ」
「うい」

彼女はカップを手に取ると熱い熱いと言いながら美味そうに珈琲を啜った。店長が冷たい飲み物はいけないと厳しく言われてからは、なんとなくうちでも珈琲はホットでしか淹れなくなった。

「神奈ってさー」
「はい?」

返事して机の前に座るとベッドの下に転がってた眼鏡ケースを見つけたので、移動し手を伸ばす。後ろではテレビのキャスターが殺人事件から児童虐待のニュースに話を切り替えていた。


「怖いとか思わないの?」
「何がです?」
「こういう血なまぐさい事件あったりしたらさ」

どうやら、連続で滅多刺しの女性の死体が発見されたという、さっきのニュースでやってた事件の事を言っているらしかった。

珍しくいやに真面目な声だったので、ちらと横目で見るが視力の悪い目では咲生さんがどんな顔をしているか分からなかった。

ケースにはなかなか手が届かないので、唸りながらうんと手を伸ばす。

「怖くない人なんているんですか」
「……それもそうね」

苦笑する雰囲気を感じた。やっと手が届いたのでケースを手元に引き寄せる。

「私が出会ったんなら、ボコボコにやってやるのになー」
「ずいぶん自信あるんですね」
「あったり前よ、これでも喧嘩には自信あるの。気合は誰にも負けないよー」

細腕でガッツポーズを作る咲生さんに今度は私が苦笑する番だった。テレビはバラエティに変わり笑い声が聞こえてくる。

席に戻り珈琲を啜る。香ばしい薫りと生ぬるい温度が口に広がった。外を見るとしとしとと雨が降っている。あとで洗濯物を入れなければ、とのんびり思った。

「そういえばこの間ね、駅前のカフェに新しい子入ってきたのよ」
「へえ」

適当に相槌を打つ。

「男の子ですか」
「お、珍しいね。神奈がそんなこというって。気になる?」
「……いや」

ニヤついて言った咲生だが、彼女がわざわざ切り出すのなら男の話だろう、と思っただけだ。

黙った神奈の心中を知ってか知らずか「残念ながら女の子なんだけどねー」とぼやく様に咲生が言う。

「そこで友達が働いてんだけどさ、人見知りの上に不器用でコミュニケーションも下手だから、どうしたらいいかとか相談されたのよ」
「へえ」
「んで、うちにも同じようなのがいるから大丈夫よって私は言ってやった」
「私の事ですね」

ご名答、とからから笑う咲生。自分の性格については熟知しているので今更そう言われてもどうとは思わない。

むしろ、そう言いながらこの様にして私に構う人間がいる事の方が不思議なのだ。

「でも上手くやってるって言ったら、その子見てみたいって言うもんだからさ。神奈ちゃん今度一緒に行かない?その子とも話してやってよ。本人も悩んでるみたいなんだ」
「……そうですか」

面倒見のいい彼女らしい。

私はというと本当に面倒だな、という感想しかでなかった。じゃあ決定ねと、一方的に言われ、答える間もなく彼女は立ち上がる。

「もう行くんですか」
「うん、ちょっと約束あるから」

人気者は忙しいらしい。じゃあとひらひら手を振り最後に振り返る。

「そうだ、今度うちにも遊びに来なよ。聞きたいことたくさんあるんだよねぇ」
「……話すことなんて何もないですよ」
「じゃ、考えといてねー」

強引に彼女は言いつけ、ばたん、とドアを閉めた。それでも嫌な気分にならないのは、彼女自身の才能ようなものだろう。

少し騒がしさを感じたあとは余計に部屋が静かに思えた。

「……そうだ、洗濯」

すっかり忘れていた。
振り返ればざあざあと雨が勢いを増している。直ぐにベランダに出、手に持ったケースから眼鏡を取り出し掛ける。

そして服を取り込みながら考えた。

なぜ、彼女はここに来たのだろう。

普段遠慮のない咲生だが、この家に来るのは初めてのことだ。家の場所は槇村辺りから聞いたのだろうが、それでも気使いの細かい彼女が連絡もなしにとは、珍しい気がする。

何かあったのかな。

そう言えばいつもより少し表情が違っていたような――


「あ」

ぼうっとしていたらシャツが飛んでいきそうになったので慌てて掴む。するとその拍子に持っていた眼鏡ケースがするりと手からすべり落ちた。

「なっ」

慌てて身を乗りだし、外を見るとケースが玄関先に落ちているのが見えた。

足をかけ、ぐっと下を覗く。あれは誕生日にもらった結構高いケースだ、壊れてもらっちゃ困る――じいとその姿勢のまま目を凝らす。ひび割れた所を想像してしまい嫌だな、なんて顔を歪めた。

そのときだった。


腕を掴まれた。

次に首が締めつけられる感覚がした。ぐっと引っ張られるようにその場から崩れ落ちる。

ガツンと、コンクリートの床が頭を打つ。

「いっ」

一瞬だった。

頼りのカンが働かなかった為に驚き、目を見開く。




ふわりと、鼻をくすぐる微かな芳香。


「……あ」

抱きすくめられていた。

ぎゅうぎゅうと強い力で、しがみつく様に。

「ちょ、」
「なにやってんの馬鹿たれッ

容赦ない大声で叫ばれ、きぃんと耳鳴りがした。微かに震えた身体からは温かな感覚が伝わってくる。

「さ、咲生さ」
「なんで、なんでんな事っ!やめてよ、本当にやめてよ――」

こんなに動揺している彼女は初めて見た。恐る恐る、背中に手を回す。

「あの、大丈夫ですか」
「放さないからね、あんたが絶対生き抜くって決めるまで絶対」
「……生き抜く?」

なんだ、それは。

「何故、私が死ななきゃいけないんですか」
「……え」

力がようやく緩む。

彼女は私の肩を掴み、引き離す。整った顔が驚いた様に私を見つめていた。

いっぱいに見開かれた大きな瞳は微かに潤み輝く。それは昔見た何かに似ていて、綺麗だな、と一瞬だけ今を忘れて見惚れてしまった。

視界の隅で半端にかかったシーツが徐々に濡れて行く。

妙に冷静な頭は、洗濯物が濡れてしまった事にどう対処するかを思考していた。






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