アイツはいつも荒んだ眼をしていた。

そしていつも笑っていた。不敵でどこが人をバカにした様な。


それが見ていて無性にムカついていつも食ってかかってたが当然の様に俺は負けた。

それは決して歳の差のせいではなく、元から持っている実力の差だと分かるだけに悔しかった。いつかアイツより強くなってやるといつも思ってた。



その度にアイツは百年早いだの弱虫には無理だの嘲って倒れた腹を蹴った。

それが加減されているのが分かって余計に悔しかった。




でも、アイツはたまに、優しくなった。

それは、決まって俺が大けがや病気をした時だった。

馬鹿だお前はといつもの如くさんざん詰ったあと部屋を出て行って、貧乏な筈なのに大量の食い物をどこからか持って来ては置いていった。

そのことに関してアイツは一言も発さなかった。けど星の周りをあちこち探し回ったのかと思うと少し可笑しくて、すると不思議と身体の不調も薄らいだ。



だけどある日、
アイツは壊れた。










「お前に死なれたら悲しいよ」




一度も見たことないような優しい笑みを湛えながら、









「君は私の弟だから」





それは、奴にしてはやけに素直な言葉だった。






「そして――最高の獲物でもあるからね」





ふふふ、とらしくない笑い声が桃色の唇から漏れる。





それから俺の父親の血を舐めて、アイツはにっこりと笑った。

怯えた様に父親に縋りつく妹が目の端に映った。

俺もお返しににっこり笑った。


初めてだったから、今よりも少しぎこちなかったかもしれない。






ただ――その日は雨が、降っていた。















「おーそこのおめーさん」




ひっく、と酒臭さをまき散らしながら歩く酔っぱらいは明らかに周りから迷惑そうな視線を集めていた。

勿論本人はそんなことは眼中になく、どうやら女漁りをしに来た様で声を掛けた女をじろじろと睨めまわす。



「お客様……楼なら彼方の方にございます。他の方のご迷惑となりますので」

「うるせぇあっち言ってろ!俺ァこの姉ちゃんに用があるんだ」




茶屋の人間達は明らかに困った様子で頭を痛めた。

百華に頼めなくもないが、鳳仙は引手茶屋でのもめ事はどうでもいいのか、此方のために動かしてくれた試しがない。

男に声をかけた店員はおろおろと周りを見渡した。

どうやら酔っぱらいは客の一人に眼をつけたらしい。




「おい姉ちゃん!」

「……ん?」





奥で背を向けて団子を食べていた女性が振り向いた。

皆が同時に息を飲む。




橙色の髪に深い群青色の瞳。透ける様な白い肌。

どちらかと言えば顔立ちは美人に入るが子供の様な雰囲気もあり、少女と女性の境目にある様な――不思議な印象を見る者に持たせた。それが余計に美しさを引き立てている。




店の人間も声を掛けた男でさえ暫くあっけに取られていたが、やがて男の方はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。




「姉ちゃん、いくらだ」

「何の話?」

「アンタにならいくらでも出していいぜ」




きょとん、として首を傾げたと同時に店員がようやくはっとして彼女の横にある傘に気がつく。

同時に道で女達がざわつき始めた。




「「あっ」」




店員と女が声を上げたのは同時で、店員の方はそれにぎょっとしたが女は嬉しそうな顔で外の方を見た。

「あ?なんだぁ?」と酔っぱらいも外を見る。





そこには女にそっくりな男が居た。





橙色の髪、群青色の瞳に白い肌。何故かにっこりと笑っている為に雰囲気は異なるが、顔立ちから全てが同じ遺伝子を有してる様にそっくりだった。




颯爽と横切るその男。

若く格好のいい男に遊女達はきゃあきゃあと色めき立っている。




店員や茶屋の客達はその似た顔に驚いたが、酔っぱらいは違う様で女が相も変わらずその男を見ている事に腹が立ったらしい。




「なんだ、俺よりあんなんがいいってかぁ!?」

「あら、あいつ随分格好良くなっちゃって」




その言葉を引き金に男はぶちんと切れた様で、腰にあった刀を引き抜いた。

女に斬りかかるか――と思いきや、「おらぁぁぁ!!」と雄叫びを上げて、なんと外の歩いてる男の方に突進して行った。

呆気にとられる店にいる人々。

一見阿保らしいが、間違ったら大惨事になりかねない。




勿論、色男の方ではなくあの酔っ払いが、だ。





店員が賭だそうとすると、ひゅっと横を何かが通り過ぎた。





そこにいた人間は目を疑った。





さっきまで奥の方にいた女が一瞬で外に出かけていた酔っ払いの所まで移動していたからだ。

さらに信じがたいことに女はその細い腕で首を掴み、軽々と酔っ払いの身体を持ち上げている。


無骨な男の首に細く白魚の様な指がメキメキとめり込む様は誰の目にも異様に映った。





酔っ払いの男は文句や悲鳴も上げられず、ただ苦しそうに目を剥いて唸る。




女は天使のような微笑でそれに答えた。





「どうでもいいんだけど」
「がっ、がぁ……!!」

「貧弱な蛮族の分際でアイツに挑むなんて万年早いの。そんな安くて汚い刀で斬りかかりでもしたら、殺すだけじゃ済まないよ?」

「か、かっ」





もう男の息が止まろうかというときにようやく手が離れ、酔っ払いはせき込んだあと悲鳴を上げてそこから去った。



その悲鳴で何人か振り返る遊女達がいたが、逃げる男が見えただけでは状況が分かる筈もない。



首を傾げた女達に騒動の女はにこりと笑いかける。



遊女達はその美しさにぼうっと見とれた様だった。





「ねぇ、いい男でしょう」

「あ……はい?」





声を掛けられた遊女は先ほど逃げた男かと思うが違う様で、女は嬉々とした表情で先ほどの色男を指さす。



「あれね、私の弟。昔は弱かったんだけどね」

「は、はぁ」




曖昧な相槌をうつ遊女だがお構いなしに女は笑った。

目線の先には黒い服を纏い街の中心へと赴く背中。







「随分強くなったね、ありゃあ。鳳仙に仕掛ける気かな」

「え?」

「ふふ」





それだけ言うとくるりときびすを返す。

他の人々はただ嵐が過ぎ去ったのを眺めてぽかんとしていた。




「楽しみねぇ。私も参加しようかなぁ」





まるで子供の様に傘をぐるぐると回して――急に女は歩みを止めた。

口端を上げて鉛の空を仰ぐ。





「来たわね。―――嵐が」






轟音が街中に響く。

それはパイプの崩れた音であり――これから起こる騒動の開始を示唆するものでもあった。










-END-

そして吉原炎上編へ。続くかどうかは微妙。
ただお気に入りのキャラクターなのでこれからちょくちょく登場はさせるかも。



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