「ちょっとキツいな……」




太陽の光を浴びながら呟いた。いや、厳密に言えば傘を差した上からだけど。当たり前だ。夜兎の私が傘無しで直射日光の下に躍り出ようものなら一瞬で干物になる。

傘の上からでも若干つらい位に太陽は燦々と輝いていた。そしてそれに照らされているのは……かつて夜王と謳われた男の墓。






「久しぶりですね」





声を掛けたって返事はない。にしても随分似つかわしくない所に埋められたものだ。あの人の最後なんて、暗闇の中で戦って、闘い疲れて死んでいく物だとばかり思っていたのに。

そこで、ああなんだかんだであの人の実力は認めていたんだなとなんとなく思った。今まで嫌悪しか抱いていなかった。だからまさかこんな平静な気持ちであの男の墓の前に立てるとは思いもしなかったな。


ざあっと風が肌を撫でていく。熱気の含まれた風は体温を下げさせる事無く、ただ不快な物として体を通り過ぎていった。





「まさか、私が来るなど思ってなかったでしょう」






私達夜兎に墓など要らない。

夜兎は夜兎らしく、弱者は弱者らしく、闘って果てて、ただ戦場に野ざらしにされるのがいい。

それが、私達の誰もが望む死に方。――一部違う人間もいるようだけど、それが、私の考え方。





でも、こうして前に立っても不思議と予想してた気持ちはわき起こらない。

夜兎の墓なんて奇妙だとかいい気味だとか。何か言ってやろうと思ったのに罵りの言葉など一言すら出てこない。

それは――私がいつか殺してやると豪語して、実力をつけ…………だかいつの間にかほかの誰かに殺られたこいつに対しての複雑な思いがあるのだろうか。

悔しさ?軽蔑?―――ああ、何一つはっきりしやしない。





「地球人にやられたと聞きました。しかも滅びかけた侍とかいう種族に。どうやらその男、やたらめったら強いそうで、地球でも相当騒ぎ起こしてるみたいですね」





やってみたいなぁ。

そう考えたら胸の奥で本能が疼き出す。――その男と闘ってみたい。夜王を倒した地球人。一体どれほどの者なのか。考えただけでぞくぞくする。





「勝手に殺されたんだもの。それくらい良いでしょう」





お前にはまだ早いと言われた気がしてそう口にした。勿論勝手な想像だ。







私と、こいつに交わされた唯一の約束。




たしか、私がまだ子供だった頃。母親を殺され、泣き喚くことも叫ぶこともせず、静かに私は言ったのだ。



『――いつか殺してやる』




いつか、こんな日がくるのは分かっていたから。いくら母が私を愛していようと、夜兎の本能にあらがう術などありはしないのだ。

夜兎の頂点に立っていた母でさえ適わなかった。子供の私が今刃向かおうとしても無駄なのは分かっていた。

奴は、荒んだ眼でにやりと笑った。





『そうか、楽しみに待っていてやろう』








――それが、父娘の初めての会話だなんて、いったい誰が思うだろう。

でも私達にある繋がりなんて、その約束しかなかったのだ。








「悲しんでるの?」










ふと、声が聞こえた。












「――あんた、居たの」

「唯一の父親が死んで、いくらあんたと言えども感じることはあるんだね」






アイツの唯一の弟子、神威は後ろから興味深げにそんな事を呟いた。

こいつは、何も感じてないんだろうなと今更ながら嘆息が漏れる。





「別に? ただお日様の下で沢山の人間に囲まれて見送られる夜兎なんて珍しいから、見物がてらね」

「嘘ばっかり」





ケタケタとおなじみの笑い声が聞こえた。

私はまたため息を吐いて墓の前から立ち上がり、神威の顔も見ずその場を去る。








「羨ましい?」






ぴたりと足が止まった。







「あんたも、もしかしてそんな死に方したいと思ってる?」

「まさか」






ふっと笑って、神威を見る。奴はいつもの通り、笑顔でいた。






「私は夜兎らしく、月の下を歩いていくよ

――血が飛び交う戦場、でね」








そしてまた歩き出す。

頭には、あの銀髪の侍の顔が浮かんでいた。







「あいつは俺の獲物だ、誰にも渡さないよ」

「そう。なら、競争ね」







素っ気なく答えて歩き出す。










「……素直じゃないなぁ、あの人も」





神威はぽりぽりと頭を掻いて呟いた。

しんと静けさが降り、そろそろ暑苦しくなって来たので退散するか、と頭の隅で考えるが、その前に後ろを振り返る。






「愛されてますねぇ、旦那」








死人に口なし。何を言ってもただ沈黙が帰ってくるのみだ。

あの人の真似をして言ってみたが、特にどうという事はないなとすぐに興味を無くす。






「……あの人も馬鹿だ。俺達に明かりなんてある訳ないのにね」







そう、ただ闇を歩いて行くのが俺達だ。






無様に光を求めるのはただの弱い人間だ、夜兎じゃない。

ここに埋まっている人物の様に。






「……おっと、独り言が移ったな」







それを最後に口を閉じる。

修羅の道を歩む者同士、神無には興味がありいつも観察していたのだが、影響されたんだろうか。

変な所まで影響されないといいが。






――昔神無はもっと荒んだ目をしていた。父親と同じ様に。






『――血が飛び交う戦場、でね』






だけどあの時の神無の眼は――







「――どうでもいいことか」






何を気にしてるんだ、俺は。

自分も同じ様に変わるとでも思っているのだろうか。







まさか。







自分の思いつきを鼻で笑って、いい加減暑くなってきたのでその場から歩き出す。







ざわざわと揺れる木々の音が、何かを示唆する様にしばらく耳に木霊していた。













-END-

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