「弱い奴に興味はないんだ」
グサリ。そんな音が聞こえた気さえした。気弱な彼女は今にも泣きそうな顔をして、「そっか」ってかなり無理をして笑っていた。
神無はいつもぴょこぴょこと俺の後をついてきて、小さな時よくいじめられていた。悲鳴を上げながら「神威ぃっ!!」なんて言って俺に助けを求めに来たっけ。
「強いんだね、うらやましいな」って笑顔で言われる度幼い俺はうれしくなった事を覚えてる。
アイツは必死に俺の真似をしようとしてたけどいつも失敗してた。夜兎と思えない程、びっくりするぐらい弱くて。
思えばその頃から差はあった訳だ。
もう、昔とは違う。
廃墟の階段を降りていく。俺の興味はもう背後には無かった。だけどアイツは俺を呼び止める。
振り返りもせずそのまま無視してたら神無が叫んだ。
「いっ、いつか!いつか迎えに行くからね!!」
脳裏に賢明に手を振る神無の姿が浮かんだ。
寂しがり屋でか弱い、本当にウサギみたいな彼女は、俺がいなければ多分死んでしまうだろう。
――でも、もうどうでもいい。
俺は最後まで振り返らなかった。でもあの声が、なぜか耳に貼り付いて離れなかった。
「殺しって楽しいんだね」
グチャリ。敵の頭を足で踏み潰してにっこりと笑った。幼い頃俺に笑いかけた様に、そのソプラノトーンの声でクスクス笑っていた。
「ずるいなぁ、神威だけこんな事先に知ってたなんて」
数年振りの再会だと言うのに挨拶もない。
死体の転がる戦場で彼女は俺の眼にも異様に浮いて見えた。
俺の顔を見て彼女ははっと鼻で笑う。
「らしくない顔するじゃん、どうしたの神威」
「……本当に神無?」
すると彼女は眼を見開いて――どこかで見たような顔でにっこりと笑った。
「ははっ、私が昔のまんまだとでも思ったの?ちゃんちゃら可笑しいね」
「………」
「もう、ビビりで弱い神無じゃないの。親殺しも成功したわ、あんたと違って」
その時の事を思い出したのか神無は恍惚とした表情だ。
瞬間、色々な映像が浮かんできた。泣きそうな顔。とびきりの笑顔。俺の手を掴む白い手。
そして最後の――手を振る神無の映像。
「どう?幼なじみが変わった気分は」
歌うように彼女は言った。
白い肌、綺麗な顔も声も変わらなくて、いや寧ろ成長して美しくなってる。
なにもかもが懐かしく感じた。つい、何年か前の事なのに。
――彼女を変えてしまったのは俺なのだろうか。
彼女の愛おしい様な微笑みが俺を突き刺す。
「ああ、それから」
神無は何でもない事の様に言う。
「約束、果たせそうにないわ。――私にはもう、あなたなんていらないの」
紅い唇がゆっくりと弧を描く。
――ああ、なんて、
美しい。
熱く、重苦しい何かが体の中で渦巻く。
まるで、相対する感情が同時に沸き起こるかのような。
神無を見据えて、口を開く。
「……愛、してた」
「私もよ」
俺の告白に、ふわりと神無は笑った。俺を誉めてくれたあの声と共に。
対して俺も、昔と変わらない笑顔で笑った。
ドクンドクンと血が騒ぐのを全身で感じる。
「さあ――始めようか神無」
ウサギから兎へ
それでいいのよと君は笑う。
(この胸にある何かを無視出来るようになったのは)(俺が大人になった証拠か、それとも)