もう一度
夜の桜というのはとても幻想的だ。その一時だけ、時間がそこだけしか動いていないような、そんなことを想わされる。
電気も何もないこの道には、「桜」という電気で妙に怪しく明るく照らされていた。
月明かりで更に怪しく光る電気はとても綺麗で、息をのんでしまう。
あぁ、あの日もこんな道を通っていたっけ。
ふと、昔のことを思い出す。
この桜で始まり、桜で終わった一物語。
一生分の幸福が詰まったかのように楽しく、笑い合った恋人の話。
「元気かなぁ」
彼のことだ。きっとあの後素敵な彼女が出来たことであろう。
私は舞い降りる桜の花びらを掴もうと、手を伸ばし握るが花びらは手の中にはなかった。もう一度挑むが、はらりと花びらに避けられた。
彼の大きな手ならすぐ掴めたのにな、そんなことを思いながら何度も挑んだ。花びらに遊ばれるがままに、手を開いては握った。
身長は5センチくらいしか変わらないのに、何で男の人はああも手が大きいのだろうか。彼の大きくも暖かい手が懐かしく感じた。
あぁ、恋しいな。けど、もう戻らない。戻れない。
春の桜とは不思議なものだ。何故こうも思い出させるのだろうか。かれこれ、3年しか経っていないのに寂しく感じる。
花びらを掴むのを諦め、眺めるだけにしようと思い、桜の木に近付く。
ここで告白を受け、別れを告げた。今思えば最高の終わり方だったな。
「…………名前?」
「………え」
名前を呼ばれ後ろを振り向けば政宗がいた。
どうしてここにいるのだろうか。どうして会いたいと思った時に限って現れるのだろうか。
「……何で泣いてんだよ」
ハッと気付くと涙が頬を伝っていた。今さっきまで何もなかったのに。
「やっ………これは、その…」
「誰が泣かせた?言え」
政宗はどんどん私に近付く。ついには私の目の前に来て顔を掴まれる。
少し焦った私だが、会いたかった相手に会えたことに嬉しくおもった。
「これは、嬉し泣きだよ」
「Ah? どういう……」
「政宗に会えたから」
顔を掴まれてる手に手を添えて暖かさにすがりつく。もう感じることはないと思っていたものが今そこにある。そう思うだけで心は満たされた。
私から突き放したのに傲慢だ。今更やり直そうなんて言えない。
「…なぁ、名前」
政宗の低い声が私を呼ぶ。なに?、と手にすがりついたまま言う。
「やり直して、くれないか?」
まさかの言葉に目を見開く。
いつもそうだ。政宗に貰ってばかりで私は待つばかり。
今回は私から言わなきゃいけなかったのに。馬鹿だな、私は。
「……ねぇ、政宗」
「んだよ」
「それは私から言わないといけない言葉じゃん。だから、言わせて」
━━私ともう一度やり直してください━━
そういうと、政宗に顎を掴まれ口付けを落とされた。
Of course, my honey.