冬の3日間
 雨が降る中、私は傘を差しながら通学の為に使うバス停に向かっていた。私の住んでるところはドがつくほどの田舎で、バスは一時間に一本あるかどうかのバス停なのだ。バス停には小さな小屋があり、その中に座るためのベンチがある。
 只今の時間、7時10分過ぎた頃。バスが来るまで20分くらいの猶予がある。その間、この小屋のベンチに座って本を読むのが習慣になっていた。

 本のジャンルは様々で、漫画、小説、雑誌…その中の一冊鞄の中に入れ持って行き小屋で読む。今日は屋根に落ちてくる雨音が音楽となり、心地良い。そんな至福な時間をしているときだ。




「今日も来たんだな」




 突然男の人が来た。右手は屋根の上に置き、左手はズボンのポケットに入れている。
 左目の眼帯が映えており、きっと私の学校に来たら女子が群がるのでは、と疑わない二枚目な顔。



『海賊みたいな格好してるなぁ』



 最初の印象の次に思ったのが衣装。紫と白で統一されたそれは彼によく似合っていた。
 そして、もう一つ疑問。





「あの、失礼ですが、私のこと知ってるんですか?」
「あぁ、すまねぇ。俺が見えたのは初めてだったな。俺はずっと見てきたけど」




 そういってニッと笑った。私を見てた……?見えた………?どういう意味か分からなかった。



「どういう……?」
「ちと時間がねぇんだ。名前、聞いて大丈夫か?」
「え、あ………えと、苗字名前……?」
「名前か。よし!覚えたぜ!また明日な、名前!」





 そういうと、今まで聞こえなかった雨音が急に聞こえた。そして、バスが来る音も聞こえた。そんなに話し込んだっけ、とも思って振り向くと、そこには誰もいなかった。




「あれ…………」




 プップとクラクションがなる。慌てて荷物を持ち、バスに乗り込んだ。さすが田舎。バスの席はガラッとしている。



「さっきの人、どこ行ったんだろ…」




 海賊の格好をした人のことを思い出す。バスが来た瞬間に彼はいなくなった。

 また明日、ここで会えるだろうか

 そう思いながら長いバス道に揺れていた。






次の日━━━━





 今日も学校に行くためバス停に来た。今までより早くここに来た。時刻は6時30分。昨日の彼のことが気になり早く来てしまったのだ。
 昨日、名前を聞かれて思わず言ってしまったが大丈夫だろうか、など思ったが、昨日は不思議と不安感はなかった。今日もそんなに不安はなかった。



「ホントに不思議な人だ」
「誰が?」



 ボソッと独り言をつぶやくと、隣には昨日の不思議の人がいて驚く。




「いっ、いつから…………!?」
「あ?今さっきだが?今日は早いんだな」




 そういうと小屋の屋根から飛び降りた。案外丈夫な小屋なんだな、と思ったりした。




「………少し気になることがあったので」
「俺のことか?」




 私は目を丸くした。どうしてわかったのだろうと。彼は私の顔を見るなり「アタリだな」と言って笑う。私は恥ずかしくなりマフラーで顔を埋める。



「昨日はすまなかったな。人には見られたくないんだ」




 少し困った顔をする。そんな顔もするのか、など私は彼の表情を伺う。彼は「中に入ろうぜ」と言って背を縮ませて小さい小屋に入る。背が高い人にはこの小屋は少し厳しいようだ。彼より背が小さくてよかった、など思う自分はどうかと思う。
 ベンチにドカッと座る。私はその向かい側に座る。そして、ふと思う。そういえば名前を聞いていない、と。




「あの」
「なぁ」




 私が言おうとしていたのに彼は遮る。



「俺の名前を聞くのはやめてくれないか?……説明はちとややこしくてな…」
「なぜですか?」
「…………言うなれば俺は”人間”じゃない。アンタの前にいる俺はな」




 人間じゃない?私はそんな人に名前を教えて本当によかったのだろうか。初めて不安が過ぎる。




「では、私は何て呼べばいいんですか?」
「そうだな………”鬼”とでも呼んでくれ」
「鬼………さん……?」



 何故”鬼”なのかは触れないでおく。私のなかでは海賊なのだが。




「海賊さんじゃダメですか?」
「ははっ、懐かしい呼び方だな。だが、名前にはそう呼んでもらえると嬉しいんだ。………本当は名前のほうがいいけどな」




 最後に何と言ったのかは分からなかったが、そう呼んでほしいならそう呼ぼうと思う私だった。

 それからはたわいもない話をした。といっても、私に対する質問を答えるだけで鬼さんのことは何も聞けなかった。
 鬼さんは私が答えを返すと「今はそれが好きなのか」や「意外なのに興味持ったんだな」など言っていた。その言葉は私を見るより、また違う”私”を見ているような目で答えてた。


『この人は誰を見ているのだろうか』


 そんなことが頭を過ぎった。何故か不思議と懐かしく、悲しく感じた。
 私自身、《懐かしい》と感じるのは違う”誰かの”感情と何となく分かった。そして、《悲しい》は私自身の感情なのだとも何となくわかった。




「…………名前?」




 何でだろう。この人とはたった2日しか会ってないのに、何で………
 鬼さんは左手で私の頬を撫でた。その手はとても冷たかった。ちゃんと手は手袋みたいなので覆っているのに。彼は悲しげな目で笑う。




「わりぃな……。俺は”昔の”俺なんだ。”今の″俺とはまだ会ってねぇんだろうけど、どうしても、名前の生まれ変わりが見たかったんだ。………すまねぇ…」




 そういって鬼さんは私を抱いた。やはり冷たかった。体温がないかのような、そんな体温だった。けれど、やっぱりどこか懐かしく、私は性懲りもなく涙を流した。
 しばらくすると、彼は私を離した。



「もう時間だ。また明日来るからここに来てくれ」



 そういって鬼さんは小屋から出てどこかに行った。時刻は7時30分。バスの来る音がした。私は涙をセーターで拭ってバスに乗った。
 何で泣いたのかはわからない。けど、何となく、彼とはどこかで会ったことがある気がした。うっすらと頭の中にある記憶がその証なのだろう。








 また次の日、今日は土曜日で学校は休み。だが、私はバス停に行った。今日の天気は雪のようだ。そして、雪が降ると共に彼がやって来た。



「来てくれてありがとな」
「いえ、私も聞きたいことがありましたので」



 お互い顔を合わせて笑った。そして、鬼さんは微笑んで悲しげに私に言う。



「昨日は本当にごめんな」
「気にしないでください。急に出てきたことなので。………昔、今よりずっと前に会ったことがあるんですか?私と」




 そういうと、鬼さんは目を見開いた。そして、驚いたまま「覚えているのか…?」と言う。私は首を横に降る。




「じゃあ、何で……」
「何となくです。そう思ってはダメですか?」




 私はニッと笑い返す。彼は目をまた丸くしてフッと笑う。でも、やはりどこか寂しげだった。私は昨日のような羞恥を晒さないために笑ったのに、これでは逆効果だ。

 彼を笑わしたかっただけなのに




「………名前。もし、生まれ変わりの俺がいたら……一緒にいてくれねぇか?」
「え?」
「”こっち”の俺は、何だか上手くいってなくてな。名前に会ったらきっと変わると思うんだ。名前がイヤじゃなかったらでいい」



 私の答えはもちろん




「あなたを笑顔にしたいと思ったのは事実です。答えは、はい、です!」
「………っありがとう!これで”こっち”の俺は報われるってもんだ」



 そういうと、彼の身体はだんだんと透けていった。…あぁ、寂しいな。これは”どっちの私”も同じ考えの感情。
 たった3日で、これだけの感情が出るものだろうか。いや、これは、”彼”だから思う感情なのだ。きっと。




「……俺の役目はここで終了。”こっち”の俺によろしくな」
「はい………まだ会っていないので分からないですが、早く会ってみたいです」
「きっともうすぐ会えるぜ。俺が保証する!」
「フフッ、楽しみです。……さようなら」




 鬼さんは宙に浮いて雪の中に入っていくように消えた。手のひらに落ちていく雪がすっと溶けるように。













 新学年の春━━━━クラスの人数が1人増えました。





「転校してきた長曾我部元親です。よろしく」
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