除夜の鐘
12月30日。大晦日前の日は大変だ。大晦日までに部屋の掃除を終わらせておかなければならない。
クリスマスというカップルキャッキャッ行事を終えたあとのこの憂鬱感は全国の市民を溜め息の渦に巻き込んでいるのだろう。
私もその一部なのだ。家族総勢で家の大掃除。普段はしないようなところもするため、埃が立ちまくる。お母さんの知恵袋により、先に拭き掃除をしておいてから掃き掃除をすると、だいぶ埃の立つ量が違うというが………やはり、立つものは立つ。
そんな大掃除のあとは、元旦のための料理の買い出し。これは私の役目。父母がまだ掃除をしている間にしろ、ということだ。
黒豆、煮干し、こぶ巻き、栗きんとん…………おせちにかかせないものを買い物かごに入れていく。
「あれ?名前?」
聞き覚えのある声で私は声の方向に向く。
「あ、元親か」
「何だよその反応……」
彼は長ったらしい名前なので以下省りゃ「おい、省略すんな」…………長曾我部元親、それが彼の名前。一応幼なじみなのだ。
だが、この男の周りには女がわんさか集まってくる。どーでもいいのだが、何故か腹立たしくなる。原因不明すぎて笑けてくる。そのおかげで中学からはパタリと話す機会がなくなった。
「して、ここに何用かね。元親くん」
「何で古くせぇ言い方になってんだよ……俺は買い出し頼まれたんだよ。親に言われてな」
「私と一緒なのか。珍しいな」
「名前もか?……こりゃ買い出し頼まれて正解だったな…」
「何か言ったか?」
「いんや?何も?幻聴じゃねーの?」
ははっと笑って誤魔化された。実は聞こえていたのだが、何が正解だったのか分からなかったため聞いてみたのだ。
「それより買い出しやろーぜ。さっさと終わりてぇし」
「あ、あぁ。それもそうだな。あ、元親、蓮根はここにあるぞ」
「何で俺の買い出しするやつ知ってんだよ!?」
「いや、手に持っているメモに書いているの見えただけだから」
そうこうしているうちに買い出しが終わっていた。こんなに話したのは久々だ。何だか自分らしくないが、嬉しかったりした。変な気分だ。
その後、スーパーから出た。スーパーからは元親と私は反対方向なので分かれようとした時だ。
「なぁ、名前」
突然元親に呼び止められ元親の方を向いた。
「明日、時間空いてるか?」
「うん、なんで?」
「初詣、いかねぇか?」
初詣……そういやしばらく行ってない。これも何かの縁か、と割り切り私は頷いた。元親は微笑んで「じゃ、明日迎えに行くわ」と言って帰って行った。
昔はよく初詣に行ったものだ。あの幼なじみと一緒に。
少し、楽しみだ。
━━━12月31日 午後10時
もうそろそろ来るだろうか、そんなことを思い、部屋にあるカバンをリビングに持ち出した。
しかし、一時間経っても元親は来なかった。もう既に除夜の鐘は鳴り響いている。きっと今から行っても鐘は鳴らせない。いや、絶対に。
「………行こう」
行きたかったのは事実だ。1人でも行こう。そう決めて私は一人神社に向かった矢先に見えてしまった。
何故か私の家の前に女性と見慣れた後ろ姿の男が話していた。……まさしく元親だ。なに人の家の前でいちゃこらついてんだ……呆れて言葉が出なかった。
扉の音に気付いたのか、二人共私の方を向いた。
『うわ、イヤな予感しかしない』
そう感じた私は走って通り過ぎようとした。よく女性を見ると、どう考えても高校生ではない、というくらい化粧の濃い女の人。………香水きつ。
「元親、趣味悪い人とつき合ってるね」
「は……?」
「ちょっと!!どういう意味よ!?待ちなさいよ!!!」
私は走って神社に向かった。女の人はすごい顔をして追ってきたが、ヒールのせいで走るのを途中で諦めたらしい。
「あーあ。またやっちゃった」
私の悪い癖。嫌と思ったら迷わず口に出す。自分でも分かっているのだ。
「…………さいってー…」
ホントに最低だ。もうすぐ新年を迎えるというのに。最後の最後でやらかしてしまう。
いつの間にやら場所は神社前。行き交う人でいっぱいだった。その光景を見ると、不思議と胸が締め付けられる感覚になる。
あの女の人が元親の彼女か、と分かった辺りからこの状態が続いている。
「…………っは、笑える…」
涙を流すとか、私らしくない。何してんだか…。
本当は分かってるんだ。誰かが元親と付き合ってるというのが勝手に辛くなっているだけなんだと。その真実を見て、更に辛くなっているんだと。
私は道にふさぎ込み、涙を流すまいと顔を埋める。そうさ、最初から知っていたんだ。
この気持ちは、いつの間にか出てきた恋心というものなのだと。
それを「そんなのあり得ない」と言って塞いでいたのを。
時間は既に11時45分。今年は最後の最後で最悪な日だったな、と思いふけっていた。そんなとき
「名前!!」
そう呼ばれた途端、背後から抱きつかれた。息を切らしながら彼は「違う、違う」と何度も呟く。まるで、私が勘違いしているのを知ってるかのように。
「違う……んだ………っ、たまたま、アイツと出くわしちしまって、今は何も関係なんてねーから!」
「………………何のこと。ここ、公共の場なんですけど」
「えっ、あ、わりぃ…」
そういって一旦引き下がる元親。私はコートの端で涙を拭い、彼の方向に向く。
言うことは決まっている。さぁ、言うんだ、私。
「私は元親が好きだっ!」
「…………っ!?」
……………ん?
あれ、私、何言った………?
凄い人だかりがこちらを見ている。もう一度思い出してみる。
『私は元親が好きだっ!』
「……。」
しばらく沈黙が続いた後に、私は身体全体が熱くなった。そして次にした行動が
「うわあああああああっ!!!!ちっ、違う!!違うんだあああああああ!!!!!」
思い出した途端、手を振り回し発狂した。大勢が見る中で。何とも馬鹿な行動だ………。
私は大勢が見る中から逃げ出そうと猛ダッシュでその場から逃げた。私らしくない。もう最悪な一日だ。
いつもそうだ。調子を狂わされるのはあの元親だ。大っ嫌いだ!だが、どうしようもなく、人に取られたくないと思ってしまう!
これが、「好き」という感情なのだ!
わかっているさ!
そんなことくらい!
「おいっ、名前ーー!!待てって!」
「やなこったー!だーれが止まるか!!馬鹿チカ!」
「だーれが馬鹿チカだ!!馬鹿名前!」
もう何だか変なテンションになり、笑けてくる。既に笑いながら走ってるのだからおかしな人と思われるだろう。だが、そんなのお構いなしだ。
それにつられて元親も笑い出した。
「俺だってなー!アンタが好きなんだよ!名前!付き合え!!こんにゃろ!」
除夜の鐘が鳴り響く。あの女の人と無関係なのだと言われ、おかしくなったんだな、と自分で思う。
私は二つ返事でこう言う。
「いーよー!」と。