私は姉貴


「俺さ」
「ん?」
「結婚しようと思うんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったかのように名前の雑誌を読む動作をやめた。振り向きはしない。
 だが元親は追い討ちをかけるように言う。

「祝福してくれっか?」

 一緒に同棲して2年間、彼はこんな話を持ってきたのは初めてだった。
 そもそも同棲したきっかけは幼馴染みの名前が元親の引っ越す予定の場所におり、元親自身有り金は殆どなかった。そのため、その幼馴染みの家に住めば楽と考えたのが始まりである。
 そんな歓楽的な考えで始まった彼の行動に彼女は頭を悩ませた。何だかんだで自分達は25歳になるというのに、これで本当に良いのかと何度も元親に尋ねるも答えが変わることはなかった。

 彼女の家は一軒家の一階建てだが、一人で暮らすのには少々大きすぎた。だが名前は仕事で貯めに貯めた貯金をこの一軒家買うために貯めていたも同然だったため、迷うことなく貯めた金は家に注ぎ込まれた。
 彼女がこの家を買うと決めたものは風景と交通の便利さだ。海が近くにあって歩いていけばすぐに電車やバスがある。そんな一軒家を見逃すわけがなかった。

 そんな家に元親も住むことになり、共同生活が始まった。だが、帰りは名前の方が遅くなることが多々あり、どちらも一緒にご飯やテレビを見ることはあまりにもなさすぎた。
 だが、一緒に住んでいればハプニングのあれやこれもあるだろう。名前は何となくそのハプニングに少しだけ期待させていた。が、元親が名前を頼るのは買い出しや家事等くらいで全くなかった。男としてどうかしてるだろ!一応女だぞ!何度そう思ったことだろうか。


 しかし、あることがきっかけで理由ははっきり分かったのだ。


 ある日、名前が仕事から帰り、ガチャリと家のドアを開ける。こんな疲れた日はビールとつまみを並べて元親と共に飲み交わしたいものだ、そう頭の中で思えばふいに笑みが溢れる。

「ただいまー」

 いつものように「ただいま」と言う。時刻は午後8時過ぎ。まだ寝てないと思うから「おかえり」と言ってくれるはずだ、そう思っていたがそれはないと気付く。
 何故なら、玄関に置いておる靴の中に自分の物ではない女性のヒール靴があった。それは淡い紅色しててとても綺麗だった。

「……………あぁ、そういうこと」

 そこで気付いたのだ。彼は彼女がいたということに。だから自分に手を出したりしていないことに。

「人の家なのによく連れてこれるわね…」

 呆れた、と言って笑えば無性に悲しくなる。が、何故か涙は出なかった。これくらいでは出さないのだという彼女の意思だろう。
 靴を脱いでリビングまでいくが、そこに人はいなかった。代わりに晩御飯がサランラップした状態でテーブルに作られていた。
 そして隣の部屋から楽しそうな笑い声が聞こえた。名前は荷物を椅子に置いたあと、その部屋の近くまで行った。そこは元親の部屋になったところだった。

「あっ、この遊園地とかどう?」
「んじゃあ来週辺りにいくか?」
「いくいく!じゃあ乗りたいもの決めておかないとね!」

 どうやらデートの話をしているらしい。懐にそんなデート出来る予算なんてあるのだろうか……名前は襖に手を当てて盗み聞きしながらそんなことを思った。

「そういえばさっき誰か玄関開ける音しなかった?」
「ん、そうか?」
「誰かと住んでいるの?」

 あの人、私と一緒に住んでること言ってないのかよ………また呆れて小さく聞こえないようにため息を吐けば元親の言葉が聞こえた。

「…あぁ。俺の姉貴。ここ本当は姉貴の家なんだわ。それで俺がここで居候させてもらってるんだ」
「あっ!だから料理作ってたんだね。元親くんやさしー!」
「んなことねぇって」

 その後、元親たちの話は続いていたが名前はその場から立ち退き、リビングに戻らずふらりと自分の部屋に行った。
 そうか、私は姉なのか。あんなでかい弟持った覚えはないのだけどあいつの姉なのか。名前は部屋に戻った後、ベッドにダイビングした。もう何も考えたくない。枕を持ち、ギュッと抱き締めまだ震える身体を抑え込んだ。

「………ばーか」





 そんなことが何度もあり、元親がいずれあの彼女さんと結婚する日はそうそう遠くないと感じていたが、まさか久々に二人でいるときのその話をされるとは思ってなかった名前は少し挙動不審になった。

「……それっていつも連れてきてた子?」
「知ってたのか」
「2年間一緒だったのよ。それともバレてないとでも思ってたの?」
「いや………」

 開いてた雑誌を閉じ、テーブルの上に置いた。だが、決して元親の方を向こうとはせず、ソファに座って背を向けながら話す。

「彼女さんのご両親とあんたの両親の了承得てのことなの?」
「当たり前だろ」

 なに言ってんだよと言うかのように元親は少し苛ついたように話す。時刻は午後3時。今ごろお菓子を食べてる時間なのにな、なんてことを考える名前は現実逃避したくなる思いだった。
 あーあ、終わっちゃった。心の中でそう呟いた。

「…………こんなことなら本当にあんたの姉になりたいな」
「は?」

 名前は少し元親の方に首を動かす。だが、決して見ないように心掛ける。今彼の顔を見たらその顔に水でも吹っ掛けたいくらいだからだ。

「よかったね。好きな人と結婚出来て」
「お、おう…さんきゅ」
「さっさとこの家から出ていく準備してね」
「今から!?」

 あぁ、なんて冷たい言葉。私こんな人間だったの?

「じゃあ何時までもここにいるの?実家に帰ってそこから式の準備したらいいじゃない」
「お前っ、ふざけ──」
「ふざけんなって言いたいのはこっちの台詞よ!!」

 名前はソファから勢いよく立ち上がり、元親よりも大きな声で言う。怖じけついた元親は発した言葉をひっこめてしまう程驚きを隠せなかった。今までこんな名前を見たことがないからだ。
 小さい頃から名前は消極的な行動が多く、声を大きく出すということは滅多にしない性格だった。それは元親の中の名前の性格だが。

「ここ私の家よ!?何勝手にあんたの女連れてきてるの!?何勝手に私を姉貴呼ばわりしてんの!?勝手に住み始めたと思ったら私には何の行動もしないで、あんたは彼女さんとデートだの何だの理由つけて家に連れてきて!しかも私が仕事行ってる間につれてくるってどういう神経してんの?!同い年なのにあんたが餓鬼に見えて仕方ないわ!!」

 それからまだ続いた。今まで溜まりに溜まったことが一気に元親に吹き掛けられた。荒々しく嫌味をつき、元親は言い返そうにも返せなかった。
 名前は我慢していた。2年間も溜めていたことが今漸く出され、元親の元に行く。………だが、これらを言ったところで何も変わらないことは名前がよく知っていた。それでも吐かずにはいられなかった。
 そして締めにこの言葉を言ってしまう。

「あんたなんか……大っ嫌いよ!!!でていけ!!」

 名前は肩で息をして俯きながらそれを言った。元親は圧倒されてしまい、自分の部屋に行き荷物を纏めていった。その後、名前はへたりこんでしまい、涙があふれでた。それを止めようと両手で抑えるものの今度はしゃくり出てきてとうとう泣かずにはいられなかった。
 こんなこと言いたくなかった、私最低だ、最低だ。

「最低だ………」

 そんな状態だが、元親は部屋から出てきて鞄1つ持って出てきた。元親はそれを見てまた驚き、名前の近くに寄ろうとするが──

「くるな!!早く出ていけ!!」

 名前の声でまた驚き、歩み寄る足を止めた。そして元親は遠くからこう言った。

「悪かった。もう、アンタの近くに行かねぇから許してくれ……」

 元親はその言葉を残して家から出ていった。





 元親達が無事結婚したあと、名前はそれから誰も家に泊まらせたり、家に友達を呼んだりするのはやめたのだった。

end
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