セミの一週間
名前→平仮名推奨
苗字は漢字でも何でも可
























 僕らは名前はないが、人は僕らのことを「蝉(せみ)」と呼ぶ。そして、僕は皆が知らないことを一つだけ知っている。

 それは、僕ら「蝉」は長くは生きられないということ。

 何故知っているのかは分からない。ただ、僕がこうして出てくる前の姿の時から知っている。そして、もう一つ知っている。
 僕は皆と違って人の言葉が分かる。だから皆と違って結構色々と知っている。
 木に止まってただ人の話を聞いてるだけだが、それが何故か不思議と分かるのだ。








‥‥ ‥‥ ‥‥







「せみ、大丈夫か?」







 不覚だった。僕は木に引っ付いて休もうとしただけなのに、ぶつかってしまい、あろうことか頭からストンと落ちてしまった。そして、今の状態はひっくり返って腹剥き出し状態。
 そして更には人の子が僕を見つけてしまったのだ。

 どうしよう、どうしよう……早く逃げようともがきながら頑張るもなかなか元に戻らない。
 すると、人の子は指を僕の前に差しだし、僕はその指に引っ付いた。助かった……そう思う瞬間である。








「おめぇ、ひっくり返るなんてドジなセミだな!」







 セミだって落ちるときは落ちるのだ。ドジなんかではない。……多分。








「あら、どうしたの?家康」
「母上、セミがひっくり返っていたんだ!それでワシ助けたんだ」
「まぁ優しいね、家康」







 母上という人が家康という子に頭を撫でてあげれば笑う家康。すると、その母上は僕の頭も撫でて「よかったね」と言う。人の手は大きいな。







「セミもそうなんだけどね、蛍とかもひっくり返っちゃうと自分でなかなか起き上がれないの。その間に虫を食べるのが大好きな鳥さんに美味しい美味しいって食べられることもあるのよ」
「た、…食べられる………のか…?」







 不安そうな目で家康は僕を見る。
 確かに、実際仲間たちはひっくり返って地面でもがいている間に鳥に喰われたのを何度も見てきた。僕はそれを見ていることしか出来なかった。逃げることしか出来なかった……。
 だが、それは仕方がないのだと割り切っていた。セミとして、虫としての宿命なのだと。







「でも、家康のおかげでこのセミは食べられずに済んだの。セミはありがとうって言ってると思うわ」
「そうなのか?セミ」







 僕の声なんて聞こえないはずなのに僕に問いかける。変なやつ。
 でも、感謝はしているよ。だから聞こえないと思うけど、言うよ。他の仲間たちには分からない言葉を。



 ありがとう、と。








「さて、セミを木に返してあげて帰ろうか」
「セミ、家で買ったらダメか?」
「ダメよ」
「何でだ?」







 家康がねだっても母上は横に首を振った。僕も僕でいつまでここにいるんだろう。







「セミとか虫は生きている時間がとても短いの。セミなんて一週間しか生きられないの。それも夏の日にしか」
「いっしゅうかん、とはどれくらいだ?」
「7日だよ。その間に外の世界を見て回って、メスのセミは子供を産まなきゃいけないの。そのセミもメスだから子供を作らないといけないのよ」







 僕がメスと分かったのか、この母上という人は。だが、そうだ。僕はこの短い人生の中で色んなことをしなきゃいけない。
 僕たちメスの虫の殆どは交尾をしたら子供を産んで、それで役割は終わり。その先は死。だけど、その死を体験したことがないため何とも言えない。
 けど、一つ言えるのは────真っ白ということだ。
 死んでいった仲間たちは皆目が黒かったのに白色になっていたのだ。だから、死は白なんだと勝手に思っている。







「家康は、外で遊ぶのと家の中で遊ぶのと、どっちが好き?」
「外だぞ!」
「そのセミもお外で遊ぶ方が好きなの。それと同じよ」
「むぅ………」







 家康の口の周りが急に大きくなった。なんだ?その顔。少し面白いぞ。
 …………あれ、面白いってこんな感じなのか。







「……じゃあ母上。名前は付けてもいいか?」
「構わないわよ」
「やった!えっとな……えーっと…………名前ってのはどうだ?」
「あら、いい名前ね。じゃあお母さんからもう一つ名前ちゃんと分かるようにしてあげる」







 そういうと母上は何かキュポと音がなった物を取り出し、それを僕の頭に付ける。







「赤色だー!」
「これで次来たとき分かるよね」
「うん!!母上、すごいなっ!」
「そうでしょ?」







 お互い笑い合う声が響く。どの人の家族というものよりも眩しく見えた。あの真上にある光るやつよりも。







「さて、そろそろ名前ちゃんを離しましょ」
「うん、分かったぞ母上!」







 そういって家康は僕を急に宙に浮かせた。木に引っ付けてくれないのかよ!!と思いながらも羽を広げて僕は家康と母上と別れた。
 これは一時的なものだ、だからまた会えると思う。僕は何故かそう思えた。


 いや、また、会いたいだ。







「またなっ!名前!」







━━━━━━








 僕はあの後、夜から朝に変わったら家康を探してる。案外見つけるのは大変で、なかなか見つけられなかった。
 外の世界をもっと見ないといけないのに、家康ばっかり探してる。何をしているんだろう。


 夜から朝に変わるのが3回、4回……………これで5回目。僕の力は始めの頃よりも弱くなってきてる気がした。
 僕はその間に交尾というものもして、子供を産んだ。だからだろうか、その時より前の力が出ない。
 家康に会いたいのに、こんなんじゃ飛べないよ……。このままじゃ、僕、家康に会う前に……………

 僕の足はとうとう木に引っ付くほどの力がなくなり、僕は木の下にみっともなく、またあの時と同じようにひっくり返った。
 思えば虫なのに虫らしくなく、どちらかというと人に近い僕。何で僕だけ人の言葉が分かるのだろう、何で僕だけ他の虫と違うのだろう。
 

 どうして、僕は人と同じ『感情』を持っているのだろうか──



 その答えはどの虫に聞いても、人に聞こうとしても分からないだろう。
 僕はそのまま真っ白な世界に行った───











「………あれ、またひっくり返ってる。大丈夫か?セミ。…………………あれ、死んでる…のか……?…………母上が赤いペンで印をつけてくれた……セミじゃないか…」








「………………おかえり、名前……」



























━━━━━10年後







「家康、苗字さんの家に行くの?」
「あぁ。何か渡す物があるか?」
「これ、煮物多く作りすぎたからお裾分けしてあげてちょうだい。それと、これは名前ちゃんの分のクッキーね。一緒に食べれるだけの数はあるから家康も食べていいからね」
「分かった。では行ってくるよ」






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