第6話 金木犀
美伊は元就のいる隣の部屋に移動された。「失礼致します」と一つ断りを入れてから入る。そして、美伊は思わず、あ、と声を発する。それもそのはず、先程庭で金木犀を見ているときに会った人なのだから。
元就は扇でここに来いと言わんばかりに床を叩く。美伊はハッとしてそそくさと元就の前に座る。
「(元就様ってやはりあの方だったのですね)」
なんだか顔が綻ぶ。何となく思ってたことが当たったので嬉しい、そう思っていると元就に呼ばれる。
「……我は毛利家が当主、毛利元就と申す。貴様の名はなんと申す?」
「あっ、大山家が姫、美伊と申します。名こそ知られておりませんが、武家の者でございます」
大内でないことに何故か安堵する元就。早速本題に入ろうかとおもい、また口を開く。
「毛利家が何故姫会を開くか分かってここにおるのだろう?」
「はい。毛利家の当主の正室、または側室候補を探すためと聞き及んでおります」
「左様。だが、我にはそのようなことはどうでもよいことぞ。貴様はそのように思わぬか?」
美伊は突然の質問に目を丸くするが、目を瞑り口の端を上げる。そして、ゆっくり目を上げ微笑み、驚きの言葉を発する。
「ええ、全くもってそう思います」
元就は予想外の言葉に身体全身の動きを止め、美伊を見た。そして、俯きながらクツクツと笑う。
まさかの答えと何故可笑しいのか分からないためか、美伊は首を傾げる動作がどうも元就にとっては面白いようだ。
陰で様子を伺っていた爺もまた驚きを隠せないままでいた。何せ、元就が他人の前で笑うというのがあまりにも珍しいのだ。爺の前でさえあまり笑った行為を見せない元就なのだ。それを意図も簡単に笑かした彼女に驚いた。しかし、この姫会を馬鹿にする二人に少々気が引ける爺でもあった。
「まさか姫会を馬鹿にする者がいたとは思わなかったわ……クッ…」
笑いを堪えるのが精一杯な元就を見た美伊は、こんな顔も出来るんだ、と少し見取れていた。
「怖いお方だと思いました」
その言葉を聞いて元就は笑うのをやめ、美伊をみる。
その顔はまるで昔の母の面影を思い出させるような微笑みだった。それから元就は「あぁ、だから見ていたのか」と思う。
金木犀は、元就の母が好きだった花。庭に出ては金木犀を見に行くところを何度も見かけ、ついには中庭にも金木犀があったのを思い出す。そんな母が大好きだった気持ちもそこにあった自分も思い出したのであった。
「美伊、と言ったな?」
「はい」
「しばらくここにいろ。貴様を候補として迎えてやろうぞ」
へ?と思わず声を出したが、元就は構わず部屋を出て行く。美伊はどうすれば分からずあたふめくが、爺が来て美伊を落ち着かせる。
「元就様はあなたをお気に召したようです。美伊姫様」
「……え…わ、私、確かに武家の者ですが、紋家ではないです…。それなのに………」
「元就様は、身分よりあなた自身を見たのです。今まで身分の位をあげようと必死に元就様に近寄った者は数多いです。ですが、それを嫌い、今まで姫を隣に置こうとしなかったあの人がやっと置こうとしています。あなたが元就様がお嫌いならばこの話は無しに出来ますが…………どう致しますか?」
爺の話を聞いて美伊は元就を思い出す。
怖いお方だと思っていたけれど、本当は、きっと………お優しい方なのだと、あの笑顔を見て思った。そして、それに見取れてしまった私。
美伊はふと笑みをこぼす。そして、爺に言う。
「選んで頂けるよう頑張ります!」
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