恒例行事





 毛利家では冬の間に必ずする行事がある。それは元就自身が唯一好物であると言える物である。







「よーしっ、用意出来たぞ!」
「後は餅米だけだな」
「だなぁ。俺もう腹減ってて想像しただけでもうよだれが垂れるぜ……」
「あ、俺も俺も!腹の虫も鳴りっぱなしで困ってる」






 2人の兵士が豪快に笑えば更に腹の虫が鳴り響き、豪快な笑いが更なる大笑いになった。そんな2人を見ていた人がいた。






「あの」
「え?あっ、こ、これは妙久様」






 美伊が声をかけた途端に2人は深々と頭を下げた。何せこの軍の総大将の毛利元就の妻となるやも知れぬ姫様だからだ。
 「妙久」という名は元就が美伊に与えた、毛利家にいるときに使うよう美伊に伝えた名前だ。それ故に兵士たちは妙久の本当の名の「美伊」という名は知らない。知っているのは元就と元就の家臣、爺と呼ばれる老兵のみ。






「あ、すみません。急に声をかけてしまって驚きましたよね?」
「いえ、そのようなお心遣いは我らには勿体なきものです」
「驚きは致しますが、必要とあらばすぐに駆けつけ、お答え致します。何か質問がありましたか?」






 2人の兵士は美伊に優しく語りかけて質問に耳を傾けるように仕向けた。さすが毛利軍の兵士、と改めて認識させられる美伊だった。






「ありがとうございます。とても必要とは思えない質問ですが、何故臼(うす)がここにあるのか聞きたくて」
「あぁ、それですか。そういえば妙久様は初めてでしたね」
「毛利軍のお楽しみ、というものです」
「毛利軍の………お楽しみ?」






 美伊は小首を傾げた。2人は見合わせてくすりと笑えば、少し声を高めて美伊からみて右側の兵が答える。






「それは、”餅つき”でございます」






‥‥ ‥‥数分後‥‥ ‥‥






「───というのを聞いたのでございますが、誠でございますか!?」
「………うるさい」






 兵士から聞いた話を早速元就の元に行き、確かめる美伊の声は興奮を抑えられない大きな声で言った。姫とは思えない声だ。






「あっ、申し訳ございません……。されど気になって気になって…」
「……確かに今日は年に一度の餅つきだ。餅米は女中達が既に作る作業をしており、それを臼でつくのは兵たちの役目ぞ」






 美伊の顔は段々と明るくなっていき益々餅つきが気になるかのように元就を見ていた。元就からすれば美伊に尻尾が生えて、犬のように尻尾を振っているようにしか見えなかった。何故かそう見えたのだ。
 元就は読んでいた書物を一旦閉じて、美伊に部屋から出るぞと言った。美伊はよく分からないまま、元就の後を追った。








 毛利家の家の特徴として、屋敷が幾つかに分かれている。それも山の上故に行き来が大変なのだ。
 これは敵が来てもすぐには本丸に到達しないような仕組みになっているが、もし知りたければ現物を見た方が良いだろう。実際に行けばどれだけ山々の道があり、こんな所に本当に城があったのか疑いたくなるくらいな心情になるだろう。

 話がそれてしまったので戻そう。美伊と元就が向かったのは元就の部屋より正反対にある庭。その近くに厨房があり、男達がえっせえっせと臼を二つ、三つ並べている。
 女中や侍女達は大きな風呂敷を二人掛かりで持っている。その風呂敷からは白い湯気が立っており、臼の近くまで持っていって風呂敷をひっくり返せば、白い大きな物がボトリと音を立てて臼の中に入っていった。






「あれは……」
「今あやつらがしているのは餅つきの準備。臼の中に入っていった白い物が餅米だ」
「なんと、あのように大きな物が餅になるのですか!?」
「…………貴様、知らぬでいたのか?」
「お餅は知っておりましたが、餅米があのようなものとは知りませんでした」






 そう言うと美伊は元就の前に出て、皆がやっていることを凝視していた。
 すると、元就達に気付いた兵の一人が近付いて二人の前に立てば深く礼をした。






「元就様、妙久様。もうまもなく餅つきの準備が出来ます。お近くまで行ってしばらくお待ちいただいても宜しいでしょうか?」
「まぁ、準備がもう出来るのですか?元就様、私皆様の準備の様子を最後まで見てみたいです!」
「………貴様、よもや手伝う気ではないだろうな?」





 ギクッと少し冷や汗を流す美伊を見ては睨みつける元就。美伊の行動にはいつも頭を悩まされる。そしてそれを苦笑する兵士の顔が何とも言えない。
 故に元就はきつく美伊に「行動を慎め」と言い、餅つきの準備を見れる代わりに行動を制限される美伊であった。


 が、その準備をしている所が見える部屋で見ていれば数分もしないうちに美伊がそわそわとし始めた。元就はもう呆れるしかなく、ただただ溜め息を吐く。
 その間に爺が茶を持ってきて元就達に配るものの、美伊は軽くありがとうと言っただけで決して茶に手を付けようとはしなかった。






「………………」
「無理な話、ということでしょうか……」
「じゃじゃ馬め………」






 ぼそりと陰口を言うものの美伊は聞く耳を持たなかった。元就は何とも不服そうに美伊を見て茶を啜る。座り方もかなり雑になって、胡座をかいては片足を立たせて机に肘をついて顔を支えてる状態だ。
 すると、準備が出来たと言う声が聞こえた。男が餅をつく為の道具を持ち、女が手に水をつけると掛け声があがった。






「いっくぞー!!そーれっ!」
「「「よいしょーー!!!」」」
「それもういっかぁーい!」
「「「よいしょーーー!!!」」」






 男達は餅を力強くつき、掛け声があがる前に女が手早く片手で餅をひっくり返す。それを何回も繰り返す。
 美伊は最初の掛け声の大きさに少し驚いたが、徐々に興奮していき「よいしょー!」と掛け声に参加する。そんな美伊を見て爺はクスリと笑ってしまう。元就は掛け声には参加しないものの、先程のような苛ついた顔ではなく、いつも通りの無表情な顔に戻った。



 餅米が十分に伸びてきた頃、男達は杵(きね)を直しにいき、女達はつきたてたばかりの餅を千切っては丸める作業をした。







「あのようにして本来私たちが見る餅が出来上がるのですか……!」
「そうですね、お茶を一杯如何ですか?妙久様」
「あっ、ありがとうございます。いただきます」






 ずずず、とお茶を啜り乾いた喉を潤す。余程乾いていたのかその茶を一気に飲み干してしまった。
 すると女中達が餅を入れた皿を持ってきて机の上に置いた。そこにあった餅は白く、出来立てであった故に白い煙が美味しそうにたっていた。






「「「いただきますっ!」」」






 皆の前に餅が配り終われば声を合わせて一斉に食べ始めた。美伊の横で元就も箸を持って手を合わせた。
 美伊は餅を箸で持つ。すると餅は長く長く引き延ばされる。それに目を輝かせ、一口食べればまた更に引き延ばされる。それを楽しんで食べていれば女中の方が横に来た。






「妙久様、こちらの”黄粉”(きなこ)を使って食べますか?」
「あっ、お願いします!」






 女中の人は小さな入れ物の蓋を開けて黄粉を振りかける。横の元就は醤油を所望し、他の女中に言って醤油を取りに行かせた。
 他の兵や小姓、侍女や女中達もわいわいと楽しみ、酒を軽く飲み関す者もいた。そんな光景を美伊は見て微笑んで、こんな日が続けばいいのにと思っていた。






「元就様、私改めてここが好きと思えました。ありがとうございます」
「……フン。いずれここに一生留まるとしてもか」
「はい。それが私の願いかも知れません、何て出過ぎた願いですね」






 すみません、と一度元就のほうを見てからまた皆のほうに顔を向けた。元就がその後に言った言葉に気付かないまま。






「ここに居ればよい」



戻るのか
目次に行くのか
どちらぞ



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