第18話  手料理






 城下町の件からかれこれ半年。月は弥生になっていた。すっかり日は暖かなものになるものの、まだ夜は寒い季節だ。
 美伊もまたすっかり毛利家に馴染んでおるものの、まだ(元就の言葉で言えば)じゃじゃ馬癖は直っておらず、むしろ一人で料理が出来る程まで成長していた。美伊自身はまだまだと言っているものの、厨房にいる人達からすれば十分舌を唸らす程だと言う。
(食わせろやと言われるかも知れないが、そこはあなたのご想像でお願いしたい)


 そんな美伊を見て元就はといと、既に諦めていた。何度やめろと言ってもやめないと反抗し、しまいには口論。それでもやめないと頑なに美伊は曲げずに言えば、元就が折れたのだ。
 これには家臣達も驚き、あの元就様が折れるとは、と美伊の頑固っぷりに恐れ入った。






「───よし。あのこの味噌汁の味見を宜しいですか?」
「いいですよ。では頂きます」






 小姓の一人が一口飲めば、時が止まったかのように啜った状態で動きが止まった。心配になってもう一人の小姓が肩を叩くと、ハッと我に返る。






「どうしたの」
「もしかして…不味かったでしょうか……?」
「いえいえいえ!断じて違います!!」






 不味かったから止まったのだろうかと不安になって恐る恐る聞く美伊に対して、それを全否定するように身振り手振り動く小姓。






「むしろすごく美味しいんです……!私らが作っているような物よりすごく上品な味で、どうすればこんな味が出せるのかと頭を悩ましたら動作が止まってしまいました………申し訳ありません、妙久様…!」






 腰を直角以上に曲げて頭を下げれば、美伊が笑い、その後に周りにいた小姓達が笑った。何故笑うのだろうと思い少し頭を上げると、美伊から「頭をお上げください」と言われたため頭を上げて元の体勢に戻った。





「そんな風に言ってもらえるとは思わずだったのでとても嬉しいです。ですが、少し大袈裟すぎませか?ふふっ」
「そっ、そのようなことはありませんよ?!ですよね!?」
「そうですよ、妙久様。貴方様の料理は誰にも適いません」
「私はあなた方の味より劣っていると思います。何せあの懐かしく美味しい味が出せません……」






 すると少し歳のいった小姓が美伊の肩に少し強く片手だけ置いた。そして美伊にこう言った。






「妙久様、料理というのは真似て覚えるが基本です。それはどの職も同じでしょう。しかし、忘れてはなりません。料理やその他のものでも、その人個人の個性が表れるということを」
「え…?」
「つまり、真似る人そのものになってはいけませんっていうことです。あなたはあなたの料理を、料理の味を作ればそれで良いのですよ」






 自分は自分て良い、美伊はその言葉を聞くと何か安心したように微笑んだ。








 少しばかり美伊の昔話をしよう。





 美伊は今まで家のために必死になっていた。だが、それが息苦しくて仕方なかった。いつまで経っても婚儀をしないでいれば、毛利家当主である毛利元就の正室・側室を決める「姫会」があると聞き、それを好機と思った美伊の家の当主である父に言われて来たのであった。
 しかし美伊は分かっていた。それが”婚儀”という名の「名誉維持」の枷ということを。そしてその枷に自分が使われていることを。
 美伊は小さい頃から自由気ままな性格で、やりたいことはやるような性格でもあった。故に自分の思い通りにならなければすぐに拗ねてしまうような人だ。更に意外と気性が荒い。喧嘩となればすぐに手を出してしまうのだ。だから小さい頃は手の付けられない姫様として扱われ、「暴れ馬」ならぬ「暴れ姫」と変なあだ名が付けられることもあった。


 そんな姫様だった美伊は大人になるに連れ、そのような行動が無いように躾(しつけ)をされ、毛利家の姫会には「暴れ姫」と呼ばれた姿は何処かに消えていた。
 だが、それが酷く窮屈でならなかった。毛利家にいる間でも部屋に閉じこもって書物を読むよりは小姓達がしているようなことがやりたくてやっていた。そしてそれを元就に役立たせようとしたかった。

 何故なら、姫会のあの二人で顔を合わせた時、美伊は感じていた。






 ”あぁ、私はこの人のことをよく知りたいのね”






 美伊は自身の感を信じて今までやってきた。そしてその”感”は元就と会ったときにもあった。最初はそんな感じに近付くのだ。
 そしてそれは段々と真実に近付いていった。







「あっ!いいこと思い付きました!」
「何がですか?」
「元就様の夕餉だけ、妙久様の作った物にするというのはいかがでしょうか?」






 ここ半年で漸く分かったこと、それは────






「えぇっ!?そ、それはおこ、おこがましいです…!」
「これは好機と思えば良いのですよ、妙久様!これを気に早く元就様も妙久様を妻にしないと勿体無いと気付くはずです!」
「ええええ!?それとこれは別では…?」
「「「それは良い考えね」」」
「皆さんまで!?」






 元就のことをとても愛しているということ






「握り飯の時のような考えで行けば大丈夫ですよ」
「それとこれも違います〜……!」



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