第17話  石灯籠





 元就は城下町に出る前にある花を庭から摘んでいた。もう今の時期だと花が散ってしまう寸前の花だ。




 城下町を抜けた先には海が見えた。美伊はその海に釘付けになっていたが、それを見る暇を与えないように元就がさっさと歩むため、慌てて元就を追いかける。追いかける度に美伊が手に持っている風車がカラカラと音を立てて回る。








「元就様、どちらに行かれるのですか?」
「着けば言う」
「それは遅いような気が致します……」
「…………」
「……申し訳ございません、少し口を慎みます」
「貴様にしては賢明な判断だ」








 元就が黙って美伊のほうを見るときは何故か黙れと言う雰囲気を出すため、それなりに一緒にいる美伊はその雰囲気を何となく掴んでいるつもりだ。
 その後の道は風車の音と海の波の音しかなかったが、美伊は太陽によって光る海を眺めながら元就の後を追っていた。






 そこから少し歩いた先のこと、元就の足が止まったのだ。美伊が少し遅れて到着して何があるのかと元就の先を見るように後ろから見た。
 そこにあったのは二つの石灯籠(いしどうろう)。大きさは立派なものではない。だが、それを見つめる元就の目はどこか淋しく、それを隠すのに必死のような。美伊の目にはそう映った。







「元就様、この石灯籠は何ですか?」
「……………、」
「え?」








 あまりにも小さな声で答えるので思わず聞き返してしまったが、元就は石灯籠を見つめたまま、また先程言った言葉を言う。








「我の、父と母の墓だ」
「………!」








 美伊は衝撃を受けた。波が岩にぶつかる激しい音が更に美伊の心を大きく動かす。
 今まで家族の話をしたことがなかった彼がここに来て両親の墓を見せた。何故私をここに連れてきたのか、その疑問が一番大きかった。
 美伊の心臓はバクバクと音を鳴らしながらも、恐る恐る口を開けて落ち着いて話そうと元就に問いかけた。








「……元就様───」
「母は金木犀が好きと教えただろう」








 未だ美伊のほうを振り向かずに石灯籠を見ている元就が自ら話を進めた。






「もうすぐ枯れる時期が来るからこれを持っていこうと思うたまでよ」








 潮風が吹いてきたが、着物の袖の方からいくつかの金木犀の花を取り出し、それを石灯籠の前に置く。風に巻かれて数枚の金木犀の花弁が空を舞った。まるで小さな龍が登っていくように。








「ここはよく幼少の時に連れてこられた。ここに来る度に父上が言っておった言葉があった。『私はここの景色をお前達と見るのが好きだ』と、今になって思えばどうでもよい感想と思う」
「………………」
「するとその後に母上もこう言う。私もこの景色が好きだ、と。特に夕日の時が一番綺麗です、とな。いつも言うておった」








 風が強くなり、潮の香りも運んでくる。二人の髪も時には優しく、時には激しく靡いていた。
 美伊はそんな風の音を聞き流して元就の話をしっかりと聞いていた。一言一言逃すまいと、元就の後ろから聞いていた。








「だが、我は夕日が嫌いだ」
「…どうしてですか?」








 元就の右手が拳を作り強く握った。唇も今にも噛みちぎって血を流すのではないかと言うぐらいになっていた。だが、俯いて話を続ける。







「ある日の夕方のことだ。我が留守の間に、父上の部下が謀反を起こしたのだ…!」
「!」


「だが父上と母上はどうやらそれを知っておった上で我と侍女の一人を逃がしておったのだ……我が屋敷に帰ったときには、既に謀反が起こっており、父上と母上が我の目の映るところで死んでおった」


「当時幼少だった我には何が起こっておるのか全く理解が出来なかった。屋敷が、父が、母が、血で汚れておったのだ……!」


「我は向かおうとした。何の策を考えて動いた訳ではない。だがこれ以上、汚したくなかった。故に行動を起こそうとした」


「だが、侍女に止められ我はあえなくその場から逃げたのだ」


「そして逃げる際に見てしまったのだ。……………父上の部下が、謀反を起こした本人が!!死体となった父上と母上を足蹴にして嗤っていたのを──!!!」
「元就様!!!」








 美伊の声と揺さぶりのおかげで我に戻った元就は自分が声を荒らげていたと認識するまで少しばかり時間がかかった。
 心肺と呼吸が上がっており、あのまま語り続ければ暴走していたのかと元就自身が一番自分に唖然としてしまっていた。

 美伊は元就が声を荒げ始めたときに話を止めさせようと何度も「元就様、元就様」と呼び続けていた。だが、一向に止まらない元就の話に慌て始めた。このままだと元就の中の何かが壊れる、そう予感したのだ。
 最後の行動として元就の両手の手首を持って揺さぶり、声をかけたことでなんとか収まったのだ。








「元就様、大丈夫ですか?汗が酷いですよ」
「……………あぁ、問題ない」
「……元就様、帰りましょう?疲れておられるのですよ、きっと。早く帰って床で寝るのが一番です」
「……貴様をここに呼んだのは意味がある」
「?」







 未だに息があがっている呼吸を落ち着かせようと一度深く息を吸った。
 そうして漸く美伊の方へ振り向き、こう言った。








「美伊、貴様はこの話を忘れるでない。この景色を忘れるでないぞ」
「……何故で、ございますか…?」
「貴様にはこれから話していく」








 我のことをもっと知れ。



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